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『おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ』年収1000万円→実質0円でも楽しく暮らしていける!

安彦考真さん著『おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ』

安彦考真さん著『おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ』

安彦考真さん著『おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ』が、小学館より発売中です。

 

お金に束縛されない人生がこんなに気持ちいいなんて!

テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』出演で話題を呼んだ「おっさんJリーガー」こと安彦考真さん。「おっさんJリーガー」というのは、長年活躍しているベテラン選手という意味ではありません。

 
スポーツ関係の仕事に携わっていた著者は、30代で年収1000万円を稼ぎ、好きな洋服を買い、マンションの最上階に住み、我が世の春を謳歌――しているようにみえましたが、40歳を前にした39歳の夏、Jリーガーになることを決意します。

 
彼はなぜキラキラした贅沢な暮らしを捨てて、プロを目指したのか?

≪僕はお金を稼ぐため、贅沢な生活を守るために仕事をこなすようになっていた。
何がそうさせたのか。それはお金があるからだ。
お金に縛られることでやりたいことができないのなら、一度すべてを捨てるべきではないか。
そんな思いこそが、20代の頃に諦めたプロサッカー選手を目指し、”実質0円”Jリーガーになった僕の原点だった。≫
(本書 第1章「年収1000万円から年俸10円へ」より)

 
体を鍛え直すためのトレーニング資金(約85万円)をクラウドファンディングで募り、体をいじめ抜いてJ2クラブの入団テストに挑戦! そして、40歳で異例の「年俸10円」契約、41歳でついにJリーグ最年長デビューをはたしたのです。

 
「Jリーガーになったことで僕の年収は1000万円から実質0円になった。
毎日、練習についていくのがやっとで、体はボロボロ。
けど、心の中はワクワク感で満ちていて、いまの方が幸せなのは間違いない。
人生は1回きり。お金と引き換えに切り売りするなんてもったいない。
信念を曲げず、自分らしく何事もやり続ければ必ず道は拓ける。
42歳のおっさんが必死でつけた足跡が、次の一歩を踏み出せないみんなの道しるべになるとしたらこんなにうれしいことはない」
(著者)

 
本書では、著者がJリーガーになるまでの道のりでつかんだ、人生を思いっきり楽しむためのヒントを明かします。

 
【本書の主な内容】
◎ 年収1000万円の恵比寿暮らしで勘違い
◎僕をやる気にさせたトレーナーの一言
◎高校時代、自費でブラジルにサッカー留学
◎発展途上国で得た新たな世界観
◎J2のレベルは想像以上に高かった?
◎オールドルーキーが職場に溶け込む心得
◎コロナで広がった視野
◎ヴィーガンとお湯シャン
◎「激レアさん」で見た第一線で活躍する人たち
◎Jリーガーならバイトするな
◎「年俸120円」でも暮らしていける

 
そのほかにも、著者の挑戦を支えた家族、監督、元Jリーガー、トレーナーによるコラムや、「本当に大事なものより保身を優先した瞬間、その人は廃人になる」などの強いメッセージをまとめたアビコ語録を収録。

言い訳ばかりで次の一歩を踏み出せないすべてのビジネスパーソンの背中を押す物語がここにあります。

 

著者プロフィール

著者の安彦考真(あびこ・たかまさ)さんは、1978年2月1日生まれ。神奈川県相模原市出身。県立新磯高校卒業後、ブラジルに渡り、グレミオ・マリンガとプロ契約を結ぶも、前十字靭帯断裂の大ケガを負い帰国。J1清水エスパルスとサガン鳥栖の入団テストを受け不合格となり、2003~2005年に大宮アルディージャの通訳を務めた。その後は通信制高校のサッカースクールのコーチ、小学生年代の世界大会の運営、川崎フロンターレ・小林悠選手のマネジメントなど、サッカー関係のビジネスに携わる。

39歳で再びJリーガーを目指し、クラウドファンディングでトレーニング費用を集め、40歳でJ2の水戸ホーリーホックと異例の「年俸120円」契約。翌年、J3のY.S.C.C.横浜と「年俸120円」で契約を結び、開幕戦でJリーグ最年長初出場(41歳1か月9日)の記録を樹立。2020年シーズンの終了をもって引退した。

 

おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ
安彦 考真 (著)

年収1000万円より年俸120円の幸せ

年収1000万円を捨ててなぜプロを目指したのか。「実質0円」契約でもなぜ幸福なのか。『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)出演で話題を呼んだ「おっさんJリーガー」こと安彦考真の「挑戦記」と「幸福論」。

高校卒業後にサッカーの本場ブラジルで武者修行してプロを目指した若き日。帰国後にJ1クラブの入団テストを受けるも、撃沈。「ブラジルで負った古傷が痛んで」「そんなにサッカー好きじゃなかった」–現実を直視せず、虚勢を張りつづけた。

その後に就いたサッカー関係の仕事では年収1000万円を稼ぎ、贅沢な生活を謳歌する毎日。でも心は満たされない。サッカー界のために仕事をしていたはずなのに、お金を稼ぐために仕事をこなすようになっていた。お金に縛られていたままでは自分がダメになる。俺は本当はサッカー選手になりたかったはず–。

クラウドファンディングでトレーニング資金を募り、体をいじめ抜いてJ2クラブの入団テストに挑戦、40歳で異例の「年俸10円」契約。そして41歳でついにJリーグ最年長デビュー!

 


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