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フランツ・カフカ没後100年、文学を変えたカフカの傑作短編をまとめた『決定版カフカ短編集』が刊行

フランツ・カフカの傑作短編をまとめた『決定版カフカ短編集』(編:頭木弘樹さん)が新潮文庫より刊行されました。

遺言で原稿の焼却を頼むほど自作への評価が厳しかったカフカ。しかしその中でも自己評価が高かったといえる15編を厳選しています。

 

新潮社とカフカ

6月3日に没後100年を迎えるフランツ・カフカ。新潮社はカフカがまだほとんど知られていない1953年から1959年にかけて『カフカ全集』(全6巻)を刊行。そしてカフカの知名度が挙がった1980年から1981年に一回目の全集には収録されていなかった手紙などを新たに加え、『決定版カフカ全集』(全12巻)を刊行しました。

 
本作はその『決定版カフカ全集』より短編を厳選し収録しています。編者は『絶望名人カフカの人生論』や『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』など、数多くのカフカに関する作品を編訳している頭木弘樹さん。『決定版カフカ全集』を各巻100回以上読んでいる頭木さんが、カフカの自己評価や読者の評価を鑑み、「これだけは読んでおきたいカフカ!」といえる、カフカの王道作品をセレクトしました。

フランツ・カフカ

フランツ・カフカ

 

カフカの自作への言葉

遺言で原稿の焼却を頼むほど自作に厳しかったカフカ。しかしその中でも自己評価の高かったものも存在します。例えば父との対峙を描く「判決」についてカフカは「この物語はまるで本物の誕生のように脂や粘液で蔽われてぼくのなかから生れてきた」と述べ、独特の表現で本作の出来の良さを語っています。

 
また特殊な拷問器具に固執する士官を描く「流刑地にて」では、「『流刑地にて』を朗読した。紛れもないうち消しがたい欠点を除けば、必ずしも完全には不満ではない。」と述べています。「紛れもないうち消しがたい欠点」とも言っていますが、これはカフカにしてはかなり褒めている方です。このようなカフカの日記やメモに残された自作への評価は編者解説に収録され、決定版の名にふさわしい作品となっています。

 

カフカが与えた影響

カフカが逝去した1924年に生まれ、今年生誕100年を迎えた安部公房はカフカに影響を受けた作家の一人です。対談の中でカフカについてこのように語っています。

 
「カフカはひとつの世界を提出した、そのオリジナルな世界はカフカが書かなければ存在しなかった。本当の世界は無限に解釈できるけれど、解釈つくされることはない。いくら時代背景とか、創作方法を詮索してみたところで、人間を見るのにレントゲンで透かして見たのか、今話題の超音波で見たのかの違いがあるだけで、けっきょく側面を覗くだけでしょう。カフカは世界そのものの存在を提出しえた、途方もない作家だったと思う。」(『安部公房全集027』「カフカの生命」より)

 
また「カフカを読まないということは残念で不幸なことだよ。」(同上)とも語るほどです。他にもカフカに影響を受けた作家は数多く、村上春樹さんをはじめ、平野啓一郎さん、上田岳弘さん、小山田浩子さんなど数多くの作家が挙げられます。

 
新潮社では本作に続いて、5月28日に、短く未完成な小説のかけらをまとめた『カフカ断片集 海辺の貝殻のようにうつろで、ひと足でふみつぶされそうだ』を刊行します。絶望的な言葉から、不条理な物語の片鱗、ハッとさせられるほど美しい言葉まで、カフカがメモや日記に遺した物語の断片を集めました。『変身』『城』『絶望名人カフカの人生論』も書店で展開しています。まだ読んだことのない方、『変身』だけは読んだことのあるという方、かつて愛読していた方も、この機会に是非、改めてカフカと出会ってみてはいかがでしょうか。

 

本書の概要

 
【あらすじ】

この物語はまるで本物の誕生のように脂や粘液で蔽われてぼくのなかから生れてきた。父親との対峙を描く「判決」、特殊な拷問器具に固執する士官の告白「流刑地にて」、檻の中での断食を見世物にする男の生涯を追う「断食芸人」。遺言で原稿の焼却を頼むほど自作への評価が厳しかったカフカだが、その中でも自己評価が高かったといえる15編を厳選。20世紀を代表する巨星カフカの決定版短編集。

 
<収録作品>

判決
火夫
流刑地にて
田舎医者
断食芸人
父の気がかり
天井桟敷にて
最初の悩み
万里の長城
掟の問題
市の紋章
寓意について
ポセイドーン
猟師グラフス
独身者の不幸

編者解説:頭木弘樹

 

カフカの日記(1912年9月23日)より

この『判決』という物語を、ぼくは二二日から二三日にかけての夜、晩の十時から朝の六時にかけて一気に書いた。坐りっ放しでこわばってしまった足は、机の下から引き出すこともできないほどだった。物語をぼくの前に展開させていくことの恐るべき苦労と喜び。まるで水のなかを前進するような感じだった。この夜のうちに何度もぼくは背中に全身の重みを感じた。すべてのことが言われうるとき、そのときすべての──最も奇抜なものであれ──着想のために一つの大きな火が用意されており、それらの着想はその火のなかで消滅し、そして蘇生するのだ。窓の外が青くなっていった様子。一台の馬車が通った。二人の男が橋を渡った。二時に時計を見たのが最後だった。女中が初めて控えの間を通って行ったとき、ぼくは最後の文章を書き終えた。電燈を消すと、もう白昼の明るさだった。軽い心臓の痛み。疲れは真夜中に過ぎ去っていた。妹たちの部屋へおそるおそる入ってゆく。朗読。その前に女中に対して背伸びをして言う、「ぼくは今まで書いていたんだ。」人が寝なかったベッドの様子、まるでいま運びこまれたとでもいうような。自分は小説を書くときには、恥ずかしいほど低い段階の執筆態度をとっているという、ぼくのこれまでの確信が、ここに確証された。ただこういうふうにしてしか、つまりただこのような状態でしか、すなわち、肉体と魂とがこういうふうに完全に解放されるのでなければ、ぼくは書くことはできないのだ。

 

著者プロフィール

 
■フランツ・カフカ(1883-1924)

オーストリア=ハンガリー帝国領当時のプラハで、ユダヤ人の商家に生る。プラハ大学で法学を修めた後、肺結核で夭折するまで実直に勤めた労働災害保険協会での日々は、官僚機構の冷酷奇怪な幻像を生む土壌となる。

生前発表された『変身』、死後注目を集めることになる『審判』『城』等、人間存在の不条理を主題とするシュルレアリスム風の作品群を残している。現代実存主義文学の先駆者。

 
■編者:頭木弘樹(かしらぎ・ ひろき)さん

文学紹介者。筑波大学卒業。カフカの翻訳と評論などを行っている。

編訳書に『「逮捕+終り」―『訴訟』より』(カフカ)、『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』(ゲーテ、カフカ)がある。

 

決定版カフカ短編集 (新潮文庫)
フランツ・カフカ (著), 頭木 弘樹 (編集)

人間存在の不条理を描いた、20世紀を代表する巨星カフカの決定版短編集。
この物語はまるで本物の誕生のように脂や粘液で蔽われてぼくのなかから生れてきた――。
(カフカ1913年2月11日の日記より)

 
【関連】
試し読み | フランツ・カフカ、頭木弘樹/編 『決定版カフカ短編集』 | 新潮社

 


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