本のページ

SINCE 1991

社会学者・加藤秀俊さんが亡き妻に綴る〈最後のラブレター〉『九十歳のラブレター』が刊行

『整理学』『取材学』で知られ、中公新書の創刊時には巻末「刊行のことば」も執筆した、日本を代表する社会学者・加藤秀俊さん著『九十歳のラブレター』が新潮文庫より刊行されました。

 

城山三郎『そうか、もう君はいないのか』の感動が再び!日本を代表する社会学者・加藤秀俊さんが亡き妻に綴る、最後のラブレター

加藤秀俊さんは日本を代表する社会学者です。日本社会が中間層を担い手とする文化の時代になったとする「中間文化論」で反響を呼び、1962年に中公新書が創刊された際には、「刊行のことば」を執筆されました。この「ことば」は現在も中公新書の巻末に掲載されています。

 
2019年9月16日の朝、加藤さんは60年あまり寄り添った最愛の奥様を突然亡くされました。

〈とてもかなしいできごと、そしてその後のぼくの人生を根底から変えてしまったできごとからはじめなければならない。〉

本書はこの一文から始まります。お二人は小学校の同級生として出会い、結婚し、ずっと寄り添って生きてきました。

 
しかし、

〈あんなに仲よくしていたのに、いまはおたがい生死をわかつ途方もない暗く厚い壁にさえぎられてしまっているのである。もう、あなたはいない。〉

加藤さんは奥様がいないという現実をなかなか受け入れられません。

〈ぼくはまったく不可解な世界にひきこまれていた。なにがどうなっているのか、すべての分別がつかないまま、ほとんど夢のなかをさまよっているようで、なにもかも現実とは思えなかった〉

…のですが、年が明けて、友人に奥様が亡くなった報せををやっと出せたときに、奥様との素晴らしい日々が激しく思い出されました。せつなく、いとおしいものすべてを書き残そうと本書を執筆されたのです。

 
加藤さんは2023年の9月、亡くなられました。93歳でした。本書は『整理学』『取材学』など多くの本を執筆された加藤さんの最後の本となりました。

 

本書の目次

序 その朝
1 血のメーデー
2 青南小学校
3 戦争
4 めぐりあい
5 ストーカー時代
6 ポッカリ月が出ましたら
7 それぞれの歩み
8 家庭の事情
9 いきなりハーバード
10 「ミス」から「マム」へ
11 マイホーム創世記
12 ペット遍歴
13 つかの間の共働き
14 たいせつな「しごと」
15 ラーメンライス
16 いい女
17 「ファミリー」をもとめて
18 進化する「マイホーム」
19 手すさびあれこれ
20 チェックメイト
21 我が家の植物誌
22 ニトロとともに
23 妻は夫を
24 ニンチごっこ
25 米寿の自動車事故
26 別れのあとさき
27 ぼくたちのお墓
28 東京物語
終章 旅路の果て
あとがき
「文庫版あとがき」にかえて 加藤文俊

 

著者プロフィール

加藤秀俊(かとう・ひでとし)さんは、東京都出身。社会学博士。一橋大学卒業後、米ハーバード大学などで学ぶ。米アイオワ州立大学、京都大学等で教鞭を執り、学習院大学教授、放送大学教授、日本育英会会長などを歴任。20代で発表した「中間文化論」が話題を呼び、社会論を中心に論壇でも活躍。梅棹忠夫さん、小松左京さんらと大阪万博のブレーンとなり、「日本未来学会」結成にも尽力した。

『加藤秀俊著作集(全12巻)』『整理学』『取材学』『社会学』『暮しの思想』『独学のすすめ』など著書多数。訳書にリースマン『孤独な群衆』、ウォルフェンスタイン&ライツ『映画の心理学』(加藤隆江との共訳)などがある。

 

九十歳のラブレター
加藤 秀俊 (著)

『整理学』『取材学』で知られ、中公新書の巻末「刊行のことば」も執筆。
日本を代表する社会学者・加藤秀俊が綴る、最後のラブレター。

ぼくたちが出会ったのは単なる偶然ではない。奇跡だ。小学校の同級生だったあなたと結婚して六十余年。アメリカでの新婚生活、京都での家造り、世界中への旅。自由気ままに勤務先を転々とする僕に「好きなようにしたら。あたしついてくから」とニコニコ笑っていたあなた。つい昨日まであんなに仲良くしていたのに、もうあなたはどこにもいないーー。老碩学が慟哭を抑えて綴る愛惜の賦。

 
【関連】
試し読み | 加藤秀俊 『九十歳のラブレター』 | 新潮社

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です