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元検察官マーシャ・クラークさん〈リーガルサスペンス〉『弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷』が刊行

世紀の裁判と言われた「O・J・シンプソン事件」の元検察官マーシャ・クラークさんが描く、女性弁護士が主役のリーガル・サスペンス『弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷』(訳:髙山祥子さん)が社扶桑社より刊行されました。

 

法律家作家が生み出した、光も闇も抱えた新たなヒロイン「弁護士サマンサ・ブリンクマン」

「マーシャ・クラークが法廷や殺人ミステリーに精通しているのは当然だ――そのうえで、彼女はすばらしい作家であり、ストーリーテラーだ」ジェイムズ・パタースン

「LAの元検事による、トップクラスの謎解きミステリー……驚愕の展開と衝撃のシーンを散りばめる稀有な作家である」パブリッシャーズ・ウィークリイ誌(特選)

「攻撃的な女性弁護士、不屈の刑事、リアルで愛すべき悪人たち、そして予測不能なスピードと展開……O・J・シンプソン裁判の検察官だったマーシャ・クラークは、著名人の裁判や加熱するメディア、法廷に詰めかける群衆や警察内部の動きなどを熟知している。読者は次々明かされる新事実に驚きながら、一気に最終ページまで導かれるだろう」AP通信

 
【あらすじ】

悪徳渦巻くロサンゼルスで彼女は犯罪者のために戦う!
女性弁護士の激闘を描くリーガル・サスペンス

サマンサ・ブリンクマンは、苦難の道を切りひらき、ハリウッドの近くに法律事務所をかまえる少壮の弁護士だ。

だが、その内実は火の車。依頼人は犯罪多発地区の懲りない面々ばかりで、報酬は安定せず、車の修理費にも事欠くありさま。今夜も、まともな法律家ならことわりそうなケーブルテレビの番組に出演したのはいいが、帰りの街角で強盗に遭遇、生命の危機に直面する。そんな場所が彼女のフィールドなのだ。

さて、メディアはいま、女優とルームメイトが殺害された事件で持ちきりだったが……

注目の事件を担当すれば、名前が売れて、事務所の経営も軌道に乗るだろうが、サマンサはその気になれない。ところが、事件の容疑者から弁護の依頼がもたらされる。彼は地元の刑事で、捜査をつうじて被害者と知りあい、つきあっていたという。警察関係者が殺人事件の容疑者になるという特異な裁判。それはサマンサ自身の人生を変える、驚くべき展開を見せる――。

 

ライター温水ゆかりさん レビュー(『弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷』解説より抜粋)

 
■崖っぷち女性弁護士のシスターフッド小説

めげない、くじけない、あきらめない。太平洋のかなたの対岸から、小気味いいシスターフッドの風が吹いてくる。

これがこの『弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷』を読み終えたとき、まっさきに頭に浮かんだ感想。著者のマーシャ・クラークも彼女の著作も、日本では初紹介。本書は新シリーズの記念すべきスタート作でもあり、こうして日本語で読めることになって、とても嬉しい。

「わたし」という一人称の主人公になるのは、愛称サムことカリフォルニア州の弁護士サマンサ・ブリンクマン、 33歳。ロサンゼルスの裁判所近くで個人法律事務所「ロー・オフィス・オブ・ブリンクマン・アンド・アソシエイツ」を営んでいる。が、事務所自体はまったく潤っていない。気前よくお金を払ってくれる依頼人とは縁がなく、公費選任弁護人や無料奉仕の仕事ばかり引き受けているからだ。幼い頃からの親友で唯一のアソシエイトである相棒のミシェル(愛称ミッチー)は、どうにかしてこの事務所を軌道に乗せようと必死だ。彼女自身、給料を二ヶ月もらっていないうえ、電気はとめられそうだし、家賃も滞納している。

そこに、ケーブルテレビやネットニュース、タブロイド紙などがハイエナのように食らいつき、連日派手な報道合戦を繰り広げそうな事件が起こる。ミシェルは、弁護人として名乗りを上げろ、有名になれば仕事も増える、とサムをたきつける。

 
■ 遊び心にニヤリ。作中に散りばめられた小ネタ

本書が書かれた背景を少しマニアックに深掘りする形にはなるけれど、こんな細部も楽しめますよ、という意味で書いておきたい。
 著者のマーシャ・クラークは、実は世紀の裁判と言われたO・J・シンプソン裁判で主任検事を務めたことで全米に知られた女性だ。さまざまな書籍の中に、法廷に立つ彼女の写真もたくさん残っている。報道が過熱する中、クラーク自身も服装や髪型、私生活までネタにされた。毎晩遅い時間にしか家に戻れず、ベビーシッターの費用もかさめば、子供達と触れ合う時間もほとんどない。それを離婚係争中の夫に言い立てられ、ふたりの息子の親権も奪われそうになるという余計な心労までついてきた。仕事か子供かという理不尽な選択を迫られる状況はシングルマザーあるあるとはいえ、あってはならない選択。どんなに口惜しく辛かったことだろう。

閑話休題。検察側は「オフェンシブ」、弁護側は「デフェンシブ」と言う。本書にはクラークがシンプソン裁判でオフェンシブとして味わった惨めな経験が、ちょうど反転した形で描かれているように見える。例えば鬼畜野郎に思いもしなかった判決が下る場面。「無罪とする」という裁判長の言葉の後、シ?ンと静まりかえる法廷、その静寂を破るかのように「あり得ない!」と響き渡る被害者側の悲痛な声。シンプソン裁判でまさかの無罪判決が出たとき、同じ光景が繰り広げられた。

その一方で、お腹を抱えて笑ってしまうシーンもある。デイルの裁判中、なぜか宿敵のイケメン検事が「DNAとはなんでしょう?」と突然の独演会を始める。陪審員など法廷内の誰もが起きているのに苦労し、「その日が終わるころには、通風孔から催眠ガスが注入されたかのような有様だった」。これもシンプソン裁判でDNA鑑定に絶対の自信をもっていたマーシャ・クラーク検事がやらかしたこと。法廷で泣き崩れることもあった彼女は裁判終了後、検事の職に戻る気力をなくすほど痛手を被ったが、いまは当時の自分をギャグにできるほど心の健康を取り戻したということだろう。

 
■同志30代女子よ、これお薦めですよ!

サマンサ・ブリンクマン・シリーズは、これまで4作発表されている。

『Blood─Defense』(2016)本書
『Moral─ Defense』(2016)一家惨殺事件で生き残った15歳の養女の弁護を引き受ける
『Snap─Judgment』(2017)恋人殺害の容疑をかけられた男子大学生の弁護に立つ
『Final─Judgment』(2020)サマンサの恋人に殺人容疑がかかる

最後にもう一個だけ。
元厚労省の村木厚子さんが(冤罪で)5カ月も勾留中されていたとき、差し入れの本に励まされたとして、シカゴの女私立探偵V・I・ウォーショースキー(愛称ヴィク)シリーズの開幕作を挙げていた。霞ヶ関のお堅い女性キャリアでも、女私立探偵もののようなエンタメ本を読むんだ、そういう本を差し入れしようと考える人がいるんだ、と驚いた。と同時に、女性の手になる女性が主人公の本には、絶望のさなかにある女性を励ましたり勇気づけたりする力があるのだなあと、あらためて感じ入った。

ヴィクのデビューは32歳、本書がデビューとなるサムは33歳。私は遠い目で、自分の30代を振り返る。自分の芯になるものを探して生きるのに必死だったが、もう居なくなったと思っていた臆病で泣き虫だった頃のリトル自我が、なにかの刺激に反応して顔を出すこともあった。むやみに誰かを蹴飛ばしたくなったり、静かに頭を撫でてくれる手を無性に欲したり、自分で自分をコントロールしきれなかった30代前半……。

志しに燃える快晴の日もあれば、闇夜もあるサムのこのシリーズも、どこかで打ちひしがれている女性達をこれから励ますことになるだろう。
同志30代女子よ、これお薦めですよ!

 
<温水ゆかり(ぬくみず・ゆかり)さん プロフィール>

フリーランス・ライター。新聞・雑誌等で、書評やインタビュー記事、紀行文などを幅ひろく手がける。

 

著者プロフィール

 
■著者:マーシャ・クラークさん

米国カリフォルニア州出身。公選弁護人として経験を積んだ後、ロサンゼルス郡の検察局に入る。1995年に元フットボール選手で俳優のO・J・シンプソンが殺人容疑で逮捕された事件の主任検事となり、注目を浴びる。のちに検事局を退職し、さまざまなメディアに出演する。2011年に小説家デビュー。2016年に本書を発表し、シリーズは4作を数える。

 
■訳:髙山祥子(たかやま・しょうこ)さん

東京都出身。成城大学文芸学部卒業。出版社勤務後、英米文学翻訳家。主訳書:M・A・ロースン『奪還』(扶桑社海外文庫)、ハワード『56日間』(新潮文庫)、ソログッド『マーロー殺人クラブ』(アストラハウス)、クリントン『WHAT HAPPENED 何が起きたのか?』(集英社)他、多数。

 

弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷 上 (海外文庫)
マーシャ・クラーク (著), 髙山祥子 (翻訳)

弁護士サマンサ・ブリンクマン 宿命の法廷 下 (海外文庫)
マーシャ・クラーク (著), 髙山祥子 (翻訳)

 


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