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執筆中断から5年、桐島洋子さんの壮大な物語を3人の子供たちがつなぐ『ペガサスの記憶』が刊行

桐島洋子さん・桐島かれんさん・桐島ノエルさん・桐島ローランドさん著『ペガサスの記憶』

桐島洋子さん・桐島かれんさん・桐島ノエルさん・桐島ローランドさん著『ペガサスの記憶』

桐島洋子さん・桐島かれんさん・桐島ノエルさん・桐島ローランドさん著『ペガサスの記憶』が小学館より刊行されました。

 

先行き不透明で何をするにも窮屈な今こそ知りたい「桐島洋子」の大胆な生き方

「この伝記を読めば、なぜ私たちが桐島さんにあれほど熱狂したかわかる」
――林真理子さん(作家)

 
フリージャーナリストとしてマス・メディアで活躍するかたわら、未婚のまま、かれんさん、ノエルさん、ローランドさんの三姉弟を育て上げた桐島洋子さん。

 
本書は、桐島洋子さんが自身の半生を綴る雑誌連載としてスタートしていましたが、認知症の悪化で執筆を中断・・・。それから5年、止まっていた物語を、長女のかれんさんら3人の子がつなぎ、母への思いとともに書き紡ぎました。

 
≪母と私たちの二世代で、八十年を超える母の人生を振り返る作品をようやくまとめることができました。
母が作家としてデビューをした一九六〇年代も、そして今も、母のような生き方をする女性は稀有な存在なのだと、つくづく感じ入ります。

三十代で作家デビューして、若いときには「未婚の母」「飛んでる女」がキャッチフレーズのようになり、スキャンダラスにまつりあげられても、怯むことなく堂々と前を向いて、母は生きてきました。傍目から見ると波瀾万丈な人生を選択しているように感じるけれども、アウトローでありたいと世間から外れることを狙うわけではなく、本人はいたって真面目なのが、おもしろいところです。大胆不敵で聡明で驚くばかりの行動力。お嬢様育ちで女王様のようでもあり、恋をすると熱烈――。

世間の目との戦いもあり、一人で子供三人を育てるのは大変なプレッシャーもあったことでしょう。必死に働いて必死に生きて、でも、生きている限りは必死に楽しもう、というのが母らしさです。お金や物や権力に頼ることには、まったく興味がありません。私もノエルもローリーも敷かれたレールに乗っかる人生やブランドものには興味がなく、それよりも、自分らしく、何が幸せなのかと考えて人生を歩んできたのは、母のおかげといえます。≫
(本書「あとがき」より/桐島かれんさん)

▲洋子さん三歳ぐらいのころ、上海で父・龍太郎さんと母・章子さん、二人の兄と共に撮影した家族写真

▲洋子さん三歳ぐらいのころ、上海で父・龍太郎さんと母・章子さん、二人の兄と共に撮影した家族写真

≪昭和十五年(一九四〇)年、三歳の私は、両親に連れられて上海に渡り、ランドマークとしてそびえるブロードウェイ・マンションという高層ホテルのスイートに滞在していた。翌年十二月八日の丑三つ時、突然物凄い轟音に叩き起こされた私は、わけもわからず泣きわめきながら両親の寝室に駆け込んだ。父も母もすでに起きだしてガウンを羽織り、テラスのガラス戸越しに不安げに下界を見下ろしている。すると突然ジャラジャラと異様な金属音が響いて、そのテラスへ上から鎖伝いに降りてきた軍服の男たちに、この部屋は作戦本部に使うのですぐに明け渡せと命じられ、私たちはすごすごと別室に移動した。

父は大陸新報という新聞の社主だったから、そこへ部下や情報もどんどん集まってくる。あの轟音は眼下の河に停泊中のアメリカ艦船を日本の陸戦隊が撃沈したのであり、それと同時にハワイの真珠湾を奇襲攻撃して正式に宣戦布告したということもわかった。≫
(本文より)

 
本書は、「女性の自立と成熟」の代名詞として女性から絶大なる人気を集めた桐島洋子さんの最初で最後の本格自叙伝。長年の桐島洋子ファンをはじめ、自分らしく生きることを模索する現代の女性たちに、年代を超えて勇気と元気を与えてくれる一冊です。

 

本書の目次

第1章 洋子
東京、上海、葉山 一九三七
上海、妻籠、葉山 一九四四
目黒、駒場 一九五一
銀座、湘南、軽井沢 一九五六
永田町、六本木、真鶴 一九五九 ほか

第2章 かれん ノエル ローランド
ロサンゼルス、横浜 一九六九――かれん
横浜、イースト・ハンプトン 一九六五――ノエル
横浜、イースト・ハンプトン、横浜 一九七三――ローランド ほか

あとがき ノエル/ローランド/かれん

 

著者プロフィール

 
■桐島洋子(きりしま・ようこ)さん

1937年生まれ。東京都出身。高校卒業後、文藝春秋で9年間勤務の後、フリージャーナリストとして活躍。1970年『渚と澪と舵ーふうてんママの手紙』で作家デビュー。1972年『淋しいアメリカ人』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。世界中を旅しながら、書籍や雑誌の執筆のほか、テレビのコメンテーターとしても活躍。

 
■桐島かれん(きりしま・かれん)さん

1964年生まれ。神奈川県出身。学生時代にモデルの仕事をはじめ、女優、歌手、ラジオパーソナリティなどマルチに活躍。写真家の上田義彦さんと結婚後は四人の子供を育てながら日々の暮らしを提案し、現在、ファッションブランド「ハウスオブロータス」のクリエイティブディレクターも務める。

 
■桐島ノエル(きりしま・のえる)さん

1965年生まれ。神奈川県に出生届。テレビ番組『OH!エルくらぶ』司会者としてデビュー。エッセイストとしての執筆活動に加え、テレビ、ラジオ、翻訳などで活躍。1997年バンクーバーに移住。カナダと日本を行き来しながらヨガインストラクターとして活動中。

 
■桐島ローランド(きりしま・ろーらんど)さん

1968年生まれ。神奈川県出身。ニューヨーク大学TISCHスクールオブアーツ写真科卒業後、フォトグラファーとして、ファッションやポートレートを中心に雑誌、広告、TVCM、プロモーションビデオなど幅広く活躍。最先端のデジタル・テクノロジーを駆使したビジュアルクリエイターとしても活動の場を広げ、現在、CG制作の株式会社CyberHuman Productions取締役。

 

ペガサスの記憶
桐島 洋子 (著), 桐島 かれん (著), 桐島ノエル (著), 桐島 ローランド (著)

桐島洋子と三人の子供たちが繋ぐ家族の物語

フリージャーナリストとしてマス・メディアで活躍するかたわら、未婚のまま、かれん、ノエル、ローランドの三姉弟を育て上げ、「女性の自立と成熟」の代名詞として女性の絶大なる人気を集めた桐島洋子による、破天荒で波瀾万丈な自伝に加え、三人の子供達が、母への思いを存分に綴った、最初で最後の「桐島家」本格自叙伝。長年の桐島洋子ファンをはじめ、自分らしく生きることを模索する現代の女性たちに、年代を超えて勇気と元気を与えてくれる1冊。

「大胆不敵で聡明で驚くばかりの行動力。お嬢様育ちで女王様のようでもあり、恋をすると熱烈――」(桐島かれん)
「人間としての母に対する私たちのリスペクトは揺るぎないものです。その絆はどんなことがあっても変わりません」(桐島ノエル)
「現代のシングルマザーたちが置かれている環境も大変ですが、母の生き様が少しでも励みになってくれたら幸いです」(桐島ローランド)

今こそ知りたい! 「桐島洋子」という生き方

 


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