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世田谷事件の遺族・入江杏さん『わたしからはじまる』が刊行 沈黙を強いる「スティグマ(負の烙印)」の正体とは

入江杏さん著『わたしからはじまる ──悲しみを物語るということ── 』

入江杏さん著『わたしからはじまる ──悲しみを物語るということ── 』

入江杏さん著『わたしからはじまる ──悲しみを物語るということ── 』が小学館より刊行されました。

 

突然の喪失、失われた「普通」の暮らし……求められる被害者遺族像に囚われことなく、社会の物語、大きな物語に引っ張られることのない語りを求めて――

「私は世田谷事件という殺人事件の遺族なんです」と誰にも言えなかった。

 
2000年の大晦日に発覚した「世田谷事件」。いまだ解決を見ていないこの事件で、著者の入江杏さんは2歳年下の妹・宮澤泰子さん、その夫・みきおさん、長女のにいなちゃん、長男の礼くんの妹一家4人を喪いました。

 
現在、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師として、悲しみにある人々に寄り添う活動を続けている著者ですが、事件から6年もの間、妹家族を失った悲しみを誰にも言えませんでした。

 
≪ 事件のことは誰にも語ってはいけない
  誰にも知られてはいけない
  いったん知られると、そこに待ち受けているのは、偏見と差別
  すべてを閉ざして生きていかなければならない

 
わたしに沈黙を強いたのは、母そのひとでした。
何が、母の悲しみを凍らせたのでしょうか。
それは「恥」の意識でした。
ユングによれば、恥は「soul eater」。魂を内側から蝕む有害なもの。
恥に苛まれると、助けになるはずのつながりを自ら拒み、ともすれば、未来を奪う毒となります。はじらいや奥ゆかしさなど、道徳や美意識にも関わる恥ですが、恥は、それを感じること自体が、さらなる恥や痛みにつながるもの。私たちは、それらを自分の中にしまい込みます。
わたしは、心の奥底に隠した恥に向き合い、沈黙を強いたものの正体を知りたいと思いました。
辿りついたのは、「スティグマ(負の烙印)」という概念でした。≫
(本書「はじめに」より)

 
2006年の末、著者は、妹一家4人の命を悼む集いとして、「ミシュカの森」をスタートしました。そこで6年間の沈黙を強いたものから解き放たれ、自らの体験を語ります。

 
≪事件に限らず、特に人生のトラブルに関わる悲しみや怒り、負の物語は、はじめからそこにあって、語り手が話し始めるのをただ待っている、というものではありません。トラブルを抱える生について物語ることは、苦しさを伴いますが、まさに発見の営みともいえるでしょう。自分だけでなく、自分に関わるさまざまな人たち、グループや組織、制度との複雑な対話的応答を繰り返す必要に迫られるからです。≫
(本文より)

 
「ミシュカの森」はその後も毎年12月に集いの場を設け、さまざまな苦しみや悲しみに向き合う場として継続・発展してきました。犯罪や事件と直接関係のない人たちにも、「意味のあるものにしたい、そしてその思いが、共感と共生に満ちた社会につながっていけばと願った」からです。

 
著者はいかにして過去のトラウマと向き合い、どうやって「わたしの物語」を語り出せるようになったのか。
沈黙を強いるスティグマ(負の烙印)の呪縛を解く方法とは?

誰にも言えない悩みがある、人生の壁にぶつかっている、生きる意味を見いだせない・・・今抱えている「悲しみ」や「痛み」から立ち直る術を教えてくれる、再生の書です。

 
◇読みながらいっしょに沈んでいく。
壊れそうになる。
最後に、極微の勁(つよ)い光に射ぬかれる。
――鷲田清一さん(哲学者)

◇繊細な、こわれものとしての「悲しみ」を、粗略に扱わない社会のために、静かに読まれるべき一冊。
――平野啓一郎さん(小説家)

 

本書の目次

はじめに

1章 沈黙とスティグマ(負の烙印)

2章 怒りと語り

3章 個の物語の力

4章 メディアと悲惨の消費

5章 ケアの物語

おわりに

「ミシュカの森」講演一覧
本書で紹介した本

 

著者プロフィール

著者の入江杏(いりえ・あん)さんは、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師。「ミシュカの森」主宰。世田谷区グリーフサポート検討委員。世田谷事件の遺族のひとり。

著書に『悲しみを 生きる力に』(岩波ジュニア新書)、編著に『悲しみとともにどう生きるか』(集英社新書)など。

 

わたしからはじまる: 悲しみを物語るということ
入江 杏 (著)

上智大学グリーフケア研究所非常勤講師として、悲しみにある人々に寄り添う活動を続けている著者の入江杏さんは、2000年に起きた「世田谷事件」の被害者遺族です。

隣に住む、愛する妹家族を失った悲しみは、6年もの間、語られることはありませんでした。
語りにひらかれたきっかけについて、まえがきにこうあります。

心ない報道、周囲からの偏見と差別、沈黙を強いる母への抵抗……
わたしは語りへと突き動かされ、無我夢中で心の断片を拾い集めました。
そのかけらから恥を洗い流してみると、そこには透き通った悲しみが顕れました。
――まえがきより

”被害者遺族はこうあるべき”といった世の中の「大きな物語」に抗い、「わたしの物語」を取り戻し、魂の再生へと向かう軌跡の書です。

【編集担当からのおすすめ情報】
世の中の「大きな物語」は、ときに人に苦しめることがあるように思います。
「家族は愛し合うもの」「母親はこうあるべき」などなど…「大きな物語」ではなく「わたしの個の物語」を取り戻していくことでケアされることがあるという入江さんの考えに、私はとてもしっくりきました。
自分を掘り下げ、深めることで、人と深いところでつながることがある、人とつながることで、ケアされることがある、と私は受けとりました。
入江さんの誠実な文章からは、勇気や希望を感じます。
生きづらさを抱えている人、悲しみや辛い状況にある人に読んでいただきたい本です。
また、いまという時代を知る大きなヒントがある一冊だと思います。

 


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