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『君のことを思う私の、わたしを愛するきみ。』佐木隆臣さん著 第3回本のサナギ賞大賞受賞作

『君のことを思う私の、わたしを愛するきみ。』佐木隆臣さん著 第3回本のサナギ賞大賞受賞作

『君のことを思う私の、わたしを愛するきみ。』佐木隆臣さん著 第3回本のサナギ賞大賞受賞作

ディスカヴァー・トゥエンティワンは、自社が主催する「第3回 本のサナギ賞」の大賞受賞作品『君のことを思う私の、わたしを愛するきみ。』(佐木隆臣さん・著)を刊行しました。

 

『君のことを思う私の、わたしを愛するきみ。』 概要

人が愛するのは、肉体なのか。それとも、魂、心、精神なのか。

28歳でこの世を去った井上彩乃は、100年後の未来で見ず知らずの女性「霧恵」の身体に魂を移植され、再び目覚める。最愛の夫と子供はすでに過去の人となった孤独な世界に絶望する彩乃。そのうえ、霧恵の夫である秀と生まれたばかりの霧恵の娘、梢と共に生きることを強いられるのだが―。

 
今から100年ほど未来、「ルドング病」と呼ばれる、魂のみが死滅してしまう奇病が流行する日本が舞台。ルドング病の唯一の治療法は、過去に死んだ人間の精神を代わりに肉体に入れるというもの。

主人公である井上綾乃は、この治療によって、自身のひ孫である「霧恵」の肉体に魂が移され、再び生を受けます。自分の知らない未来の世界で、(綾乃からすれば他人である)霧恵の夫の秀や娘の梢と生きていく綾乃。

自分は“綾乃”なのに、“霧恵”として生きていかなければいけない葛藤や、他人である秀に対して警戒心と恐怖心に苦しめられる綾乃が、秀と共に自分のルーツを探っていく物語です。

そして最後に、ある秘密が明らかに―。

 
優しい文体ながらリズムの良いストーリー展開で、綾乃に「魂が移された」かのように入り込んで読める作品となっています。

 

物語の裏テーマ:肉体と精神の対比

作品は出版の際にタイトルが変更されており、旧題は『リインカーネーション』というタイトルでした。

リインカーネーションとは、仏教用語で「輪廻」の事を指します。輪廻とは、肉体の死後あの世に還った魂が、動物や人間の形でこの世に転生することです。

仏教において、(諸説あるようですが)「魂はあらゆる生命の形で転生するループ(=輪廻)を延々と繰り返しており、煩悩や執着から離れる事が出来た人だけが、そのループを抜け出して悟りの世界へと脱出(=解脱)することが出来る」といわれています。

本作品のルドング病の治療法の設定は、まさに転生そのものが人類の技術で可能になっています。また作品内では、綾乃が、自身の死によって、幼い我が子と離れ離れになった事を心残りに思うシーンが描かれています。

秀や綾乃が自身の亡き最愛の人に対して思いを馳せるシーンも出てきており、“執着”を表す描写が散見されます。(秀の方がやや達観しているように描かれており、綾乃との対比が、物語の深みと後半の盛り上がりに繋がっています。)

「輪廻」というキーワードを意識して、物語の世界観が構築されていることが分かります。

一方で、仏教の「輪廻」とは考え方の異なる箇所も出てきます。序章、綾乃の魂が霧恵の肉体に移植された後、綾乃の肉体にも記憶が残っており、“霧恵”の中で互いの記憶を共有する描写が出てきます。また、魂が入れ替わる前と同じ仕草を行ってしまう場面や、身体と心の齟齬など、身体の記憶を描くシーンが何度か登場します。

一般に、記憶は「潜在的記憶」と「顕在的記憶」の2つに大別されるといわれています。潜在的記憶は、条件反射など無意識でも身体が反応するような記憶を指し、顕在的記憶は、いわゆる勉強や学習で繰り返し覚えた記憶や思い出などの記憶を指します。
この無意識な反応は、脳の記憶とも解釈できますし、脳以外の部分が判断した反射とも解釈できます。

実際、神経反射には脳を介さない(脳以外に反射中枢を持つ)反射も知られており、「身体の記憶」というのは現在の科学で知られていることでもあります。

一方、仏教(や多くの宗教)にとって、肉体は魂を入れる器でしかないという考えがあり、この描写は仏教的な輪廻の考え方とは異なります。

こういった肉体と精神(の記憶)の対比についての考え方が、作品冒頭の「人が愛するのは、肉体なのか。それとも、魂、心、精神なのか。」という一文に集約されており、作品の読み応え以上に深い洞察を与えてくれる作品となっています。

逆にこのような大きなテーマを描きながらも、その重さを感じさせないエンターテイメント性、そして登場人物の細やかな機微の描写の数々により、サナギ賞大賞となりました。

 

佐木隆臣さん プロフィール

著者の佐木隆臣(さき・たかおみ)さんは、2010年より創作活動を開始。本作(応募時タイトル『リインカーネーション』)にて第3回本のサナギ賞大賞を受賞。名古屋市在住。

 

本のサナギ賞とは

本のサナギ賞は、未発売の作品を書店員が審査・投票し「世に出したい」作品を選ぶ公募の文学賞です。

2014年に出版社・ディスカヴァー・トゥエンティワンが設立。作家・書店・出版社が一丸となって取り組む、エンタメ小説新人賞です。本が大好きな「本の虫たち」、主に現役の書店員が、「この人の作品を世に出したい」と期待を込める作家を、「本のサナギ」として選考します。大賞作は初版2万部にて書籍化し、「サナギ」から「チョウ」へ、すなわちベストセラー作品をめざします。

 

君のことを想う私の、わたしを愛するきみ。
人が愛するのは肉体なのか。それとも、魂、心、精神なのか。
魂のみが死滅してしまう奇病、「ルドング病」が流行する2114年の日本。その唯一の治療法は、過去に死んだ人間の精神を代わりに肉体に入れるというものだった。
2017年、28歳の若さでこの世を去った井上綾乃(いのうえあやの)は、30歳の「小笠原霧恵」という女性の肉体に精神を宿し、2114年の日本で再び目覚める。
しかし綾乃は、既に自分が愛した夫と娘がいない世界のなかで、見ず知らずの「霧恵」の旦那である秀(しゅう)と、娘の梢(こずえ)と共に家族として生きていくことを迫られる・・・・・・。

 
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