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【第8回梅棹忠夫・山と探検文学賞】佐藤優さん『十五の夏』が受賞

「梅棹忠夫・山と探検文学賞」委員会は、第8回梅棹忠夫・山と探検文学賞の受賞作を発表しました。

 

第8回梅棹忠夫・山と探検文学賞が決定!

第8回梅棹忠夫・山と探検文学賞の受賞作は次の通りです。

 
■第8回梅棹忠夫・山と探検文学賞

佐藤優(さとう・まさる)さん
『十五の夏』(幻冬舎)


 
受賞者の佐藤優さんは、1960年生まれ。東京都出身。同志社大学大学院修了。元外交官。作家。

選考委員は、小山修三さん(選考委員長/国立民族学博物館名誉教授)、中牧弘允さん(吹田市立博物館長/国立民族学博物館名誉教授)、三村卓也さん(信濃毎日新聞社文化部長)、江本嘉伸さん(地平線会議共同代表)、川崎深雪さん(山と溪谷社社長)。

選考委員会の講評など詳細は、http://umesao-tadao.org/8th.html をご覧ください。

 
なお、最終候補作は次の4作品でした。

【最終候補作】
◎小松 貴さん『昆虫学者はやめられない 裏山の奇人、徘徊の記』(新潮社)
◎国分 拓さん『ノモレ』(新潮社)
◎服部正法さん『ジハード大陸 「テロ最前線」のアフリカを行く』(白水社)
◎佐藤 優さん『十五の夏』(幻冬舎)

 

梅棹忠夫・山と探検文学賞について

梅棹忠夫・山と探検文学賞は、民俗学者・生態学者として、数々の学術的な偉業を打ち立ててきた梅棹忠夫さんにちなんだ文学賞で、2011年に山と溪谷社、長野県の書店チェーン「平安堂」、信濃毎日新聞社が創設。

山を愛し、未知の世界に探検心を持ち続けた梅棹さんの「山と探検」の観点から、おおむね5年以内に出版された書籍を対象に、優れた作品に贈られるノンフィクション文学賞です。

「梅棹忠夫・山と探検文学賞」委員会が主催し、長野県が後援、信濃毎日新聞社・信毎文化事業財団・平安堂・山と溪谷社が協賛。

 

十五の夏 上
一九七五年、高1の夏休み。僕はたった一人でソ連・東欧を旅行した。『何でも見てやろう』『深夜特急』につづく旅文学の新たな金字塔。

一九七五年、高一の夏休み。ソ連・東欧一人旅。
異能の元外交官にして、作家・神学者である“知の巨人”の思想と行動の原点。40日間の旅行記。

僕がソ連・東欧を旅することになったのは、高校入学に対する両親からの「御褒美」だ。旅行費用は、僕の手持ちの小遣いを入れて、48万円もかかる。僕は父の給与がいったいいくらか知らないが、浦和高校の3年間の授業料の10倍以上になるのは間違いない。両親には申し訳ないと思ったが、好奇心を優先した。

羽田→カイロ空港→チューリヒ→シャフハウゼン→シュツットガルト→ミュンヘン→プラハ→ワルシャワ→ブダペシュト→ブカレスト→キエフ→

十五の夏 下
出会い、語らい、食べて、飲んで、歩いて、感じて、考えた。少年を「佐藤優」たらしめたソ連・東欧一人旅、42日間の全記録。

ソ連・東欧一人旅。人生を変えた40日間。
高1の夏休み、日本を飛び出し出会った外の世界。
異能の元外交官にして、作家・神学者である“知の巨人”の原点。

若いうちに外の世界を見ておくと、後でそれは必ず生きる。そのことをきっかけにして、自分がほんとうに好きなことが見つかるかもしれない。ほんとうに好きなことをしていて、食べていけない人を僕は一人も見たことはない。ただし、中途半端に好きなことではなく、ほんとうに好きなことでないとダメだ。十五の夏のソ連・東欧一人旅は、神様が準備してくださった道だった。

→モスクワ→サマルカンド→ブハラ→タシケント→ハバロフスク→ナホトカ→バイカル号→横浜

 
【関連】
梅棹忠夫 山と探検文学賞

 


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