『幸運な男 伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』悲運のエースは「悲運」ではなかった!

『幸運な男 伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』悲運のエースは「悲運」ではなかった!
インプレスより、ヤクルトスワローズで活躍した元投手・伊藤智仁さんの半生を綴った、長谷川晶一さん著『幸運な男――伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』が刊行されました。
伝説の投手・伊藤智仁さんを書き下ろした初の書籍
1993年、あの松井秀喜選手を抑えて新人王に輝いた、元ヤクルトスワローズの投手・伊藤智仁さん。美しくしなやかな投球フォーム、闘争心あふれるピッチングスタイル。そして何より、名捕手・古田敦也さんに「直角に曲がる」と言わしめ、名将・野村克也さんでさえも「私が見た中でナンバーワン」と感嘆した伝家の宝刀“高速スライダー”を武器に、プロ野球界を席巻しました。
デビューから四半世紀が経った今もなお、野球ファンの心に深く刻まれている伊藤智仁さん。その半生を綴った初の書籍です。
プロ野球人生25年、「最後の一日」まで収録
19993年に鮮烈デビューを果たした伊藤さんはその後、たび重なる故障に見舞われることに。過酷なリハビリに打ち克ち、一度はカムバックを果たしたものの、その後も故障を繰り返し2003年に現役引退。世間からは「悲運のエース」と呼ばれました。
しかし、伊藤智仁さんは「悲運」ではなかった―。三十数時間に及ぶ伊藤智仁さん本人へのロングインタビューを軸に、野村克也さん、古田敦也さん、岡林洋一さん、石井一久さん、館山昌平さん、由規さん、篠塚和典さん、立浪和義さんら当時のチームメイトや対戦相手、さらにはアマチュア時代の恩師や家族など、総勢20名以上の関係者が今まで明かされることのなかった真実を語ります。
現役11年、コーチ14年。ヤクルト一筋25年の伊藤智仁さんは今シーズン限りでチームを退団。「デビュー戦」から「最後の一日」までを見届けた作家の長谷川晶さん一が書き下ろす、渾身のノンフィクション作品です。
伊藤智仁さん プロフィール

伊藤智仁(いとう・ともひと)さんは、1970年10月30日生まれ。京都府出身。花園高校を卒業後、三菱自動車京都に入社。1992年のバルセロナオリンピック日本代表に選出され、1大会27奪三振のギネス記録を作るなど、日本の銅メダル獲得に大きく貢献。同年のドラフト会議でヤクルト、広島、オリックスの3球団が1位指名、抽選の結果ヤクルトに入団。
ルーキーイヤーの1993年は高速スライダーを武器に7月までに7勝2敗、防御率0.91と驚異的な数字を挙げる。右ひじの故障で1軍を離れたが、あの松井秀喜さんを抑え、実働2ヵ月半で新人王を獲得。長いリハビリ生活を乗り越え1997年にカムバック賞を受賞するも、2001年に右肩を故障し再び戦線離脱。2003年を最後に現役引退。2004から2017年までヤクルトの投手コーチを務めた。
長谷川晶一さん プロフィール

著者の長谷川晶一(はせがわ・しょういち)さんは、1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。
2005年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家」。ではあるが、実は1980年に初めてヤクルトFCに入会して以来38年間純潔を保ち続ける一途なヤクルトファン。
著書に『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(以上、集英社)、『プロ野球語辞典』(誠文堂新光社)、『オレたちのプロ野球ニュース』(東京ニュース通信社)ほか多数。『文春オンライン』の『文春野球コラム ペナントレース2017』ではヤクルトを担当。
★URL:http://blog.hasesho.com/
★FaceBook:https://www.facebook.com/hasesho
幸運な男――伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生【目次】
序章 偽りの引退
1章 萌芽――1993年・ユマキャンプ
2章 覚醒――強心臓ルーキーデビュー
3章 脱皮――高速スライダーができるまで
4章 飛躍――バルセロナ五輪出場
5章 酷使――6月の全694球
6章 暗闇――長引くリハビリ
7章 復活――カムバック賞獲得
8章 異変――再びの手術
9章 岐路――1年間の執行猶予
10章 転身――第二の人生の始まり
11章 奮闘――それぞれの、それから
12章 幸運――彼は本当に「悲運」なのか?
終章 最後の一日









