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【2019年度国際交流基金賞】詩人・谷川俊太郎さん、日本研究者・エヴァ・パワシュ=ルトコフスカさんらが受賞

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、学術や芸術などのさまざまな文化活動を通じて、日本と海外の相互理解促進に顕著な貢献があり、引き続き活躍が期待される個人または団体に贈る「2019年度国際交流基金賞」の受賞者を発表しました。

 

2019年度国際交流基金賞が決定!

「国際交流基金賞」は、1973年以降、毎年、学術や芸術などのさまざまな文化活動を通じて、日本と海外の相互理解促進に顕著な貢献があり、引き続き活躍が期待される個人または団体に対して授与しています。

第47回となる今年度は、内外各界の有識者及び一般公募により推薦のあった73件から、有識者による審査を経て3件が決定しました。
なお、11月7日に授賞式を開催します。

 
<2019年度国際交流基金賞 受賞者/受賞理由>

■谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)さん(詩人)<作品を通じ、日本語と日本文化の魅力を世界に伝える>

谷川俊太郎さん (c)深堀瑞穂

谷川俊太郎さん (c)深堀瑞穂

【授賞理由】

谷川俊太郎氏は1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行して以来、70年近く詩作を続け、今なお「ことば」を介した多様な分野で精力的に活動を続ける。その作品は、人間の根源的なこと、深い喜びや悲しみを伝える詩から、『わらべうた』まで幅広い作風を特徴とする。

近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、郵便で詩を送る『ポエメール』など、詩の新たな可能性にも挑戦する。また、作者自らの朗読会をはじめ、さまざまなワークショップが開催され、多くの人々が詩に親しむきっかけづくりになっている。

谷川氏の活動は、詩作に留まらず、作詞、脚本、絵本、童話、エッセイ、教科書私案等多岐にわたり、ことばを通して人と関わりながら「いきること」の意味を問い続ける。

平易なことばを用い、明快かつリズミカルな谷川氏の詩は、日本語を学ぶ外国人にとっても大きな魅力を持つ。学習者が日本語のリズムの特殊性、ことばの持つ響きを学ぶことができる『ことばあそびうた』をはじめ、分かりやすいことばで普遍的なことに向き合う詩「生きる」「みみをすます」などは、日本語の授業での活用に加え、日本語教師の教育においても何度も取り上げられてきた。また、英語、中国語、フランス語、ドイツ語など20数か国語に翻訳された詩集は50冊を超え、世界の人々が日本文化に親しみ、日本との距離感を縮めるきっかけとなっている。国・地域を越え、世代を超え、多くの人々に読まれ、さまざまな分野において強い影響力を持つ谷川氏の活動は、称賛に値する。

このように谷川氏は長年にわたり詩作をはじめ多様な活動を通して国際相互理解の促進に貢献してきた。今後のさらなる活動を期待して国際交流基金賞を授与する。

 
【略歴】
1931年東京生まれ。詩人。1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。 1962年「月火水木金土日の歌」で第四回日本レコード大賞作詞賞、 1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、 1982年『日々の地図』で第34回読売文学賞、 1993年『世間知ラズ』で第1回萩原朔太郎賞、 2010年『トロムソコラージュ』で第1回鮎川信夫賞など、受賞・著書多数。 詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。 近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、 郵便で詩を送る『ポエメール』など、 詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。

 
■エヴァ・パワシュ=ルトコフスカさん(ワルシャワ大学教授 日本研究)【ポーランド】<ポーランドと日本の関係史を明らかにした>

エヴァ・パワシュ=ルトコフスカさん近影

エヴァ・パワシュ=ルトコフスカさん近影

【授賞理由】

エヴァ・パワシュ=ルトコフスカ氏は、ポーランドを代表する日本史研究者の一人である。日本学に関してヨーロッパ有数の水準を誇るワルシャワ大学日本学科で長らく研究・教育に携わり、数多くの著作を公刊してきた。

同氏の業績の中でも特筆すべきものは、ポーランド=日本関係史の研究である。膨大な資料を日本・ポーランド両国で調査、発掘し、日露戦争期から第二次世界大戦終結までの時期の全体を包括的に扱った労作『ポーランド・日本関係史 1904-1945』を1996年に上梓した(共著:アンジェイ・ロメル 邦訳:柴理子/2009年原著増補改訂版刊行/彩流社)。これは類書のまったくない、世界で初めての画期的な両国関係史である。

それに続き、『日本の対ポーランド政策 1918-1941』(単行本として1998年刊)を完成させた。これらの研究で明らかになったのは、緊迫した国際関係と戦争の時代に両国の間に予想以上に緊密な政治・外交上の関係があり、しかもその関係が両国の間の友好的態度と親近感に支えられていたということである。
同氏はその一方で、日本近代における天皇の役割に関する研究も並行して行っており、『明治天皇 近代化する日本における君主像』(2012)という大著として結実した。

幾度となく日本に留学・研究のため滞在し、日本の研究者たちと緊密に交流してきた。ワルシャワ大学では2003年より教授職にあって多くの学生・大学院生を指導している。また茶道裏千家淡交会ワルシャワ寸心協会の顧問として茶道の普及にも尽力し、ワルシャワ大学図書館に設立された茶室「懐庵」の運営にも携わってきた。

同氏は、長年にわたりワルシャワ大学日本学科における研究・教育の中心的な役割を果たしてきただけでなく、日本とポーランド、さらには日本と世界の学術・文化交流の発展と、相互理解・友好親善の増進に大きく貢献してきた。同氏の今後の益々の活躍を期待して、国際交流基金賞をここに授与する。

 
【略歴】
1953年ポーランド・ワルシャワ生まれ。1977年ワルシャワ大学東洋学部日本学科卒業、1987年ワルシャワ大学大学院博士課程修了。2003年よりワルシャワ大学教授(東洋学部日本学科)。専攻は日本歴史・文化史、ポーランド・日本関係歴史、皇室史、異文化間研究。1983?1985年の東京大学への留学以来、数十度にわたり日本へ留学・ 研究活動を行ってきた。2015年4月旭日中綬章を受章。

 
■インドネシア元日本留学生協会(プルサダ)【インドネシア】<日本とインドネシアの交流拠点>

【授賞理由】

インドネシア元日本留学生協会(プルサダ)は、日本とインドネシアの架け橋になることを目的とした日本への留学経験者による組織である。アセアン元日本留学生評議会(アスコジャ)に属し、その中心的存在となっている。

インドネシアから日本への留学生は1930年代初頭に始まり、それ以降数多くのインドネシアの若者が日本に留学した。戦前の留学生の多くは帰国後に独立運動の指導者となり、独立後の国家建設においてもリーダーとして活躍した。戦後もインドネシアの多くの若者が日本に留学するようになり、1963年にはその帰国生を中心にプルサダが設立された。現在では約8千人の元日本留学生を擁する一大組織であり、日本とインドネシアの懸け橋として日本語教育、文化体験プログラム、専門家の交流など意義ある活動を数多く展開している。

この間、1986年にはプルサダとインドネシア日本友好協会が中心となって私立のダルマ・プルサダ大学が設立され、今日ではインドネシアと日本の友好のシンボルとなっている。現在、同大学は文学部、工学部、海洋工学部、経済学部の4つの学部と大学院の再生エネルギー研究科を有する総合大学であり、約5400人の学生全員が日本語と英語を学習している。また、日本の精神に学んで「ものづくり大学」を目指すことが掲げられており、卒業生の約四分の一が日系企業に就職している。なお、2016年には日本の政府関係機関と国内11校の高等教育機関によるダルマ・プルサダ大学に対する協力のための大学コンソーシアムが設立され、両国間で積極的な学術交流が行われている。

以上のように、インドネシアの元日本留学生を中心に設立されたプルサダは、日本とインドネシアを繋ぐ交流拠点としての役割を長く果たしている。今後も両国間ならびにアセアン諸国との友好交流の中核としての役割を担うことを期待して国際交流基金賞を授与する。

 
【関連】
国際交流基金 – 2019年度 「国際交流基金賞」 受賞者決定 谷川 俊太郎氏、インドネシア元日本留学生協会(プルサダ)、エヴァ・パワシュ=ルトコフスカ氏

 


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