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『光秀からの遺言』刊行!明智光秀の末裔が明かす「本能寺の変」のすべて 河出書房新社×秋田書店「光秀プロジェクト」も始動!

『光秀からの遺言』刊行!明智光秀の末裔が明かす「本能寺の変」のすべて 河出書房新社×秋田書店「光秀プロジェクト」も始動!

『光秀からの遺言』刊行!明智光秀の末裔が明かす「本能寺の変」のすべて 河出書房新社×秋田書店「光秀プロジェクト」も始動!

河出書房新社は、歴史研究者・明智憲三郎さんの最新刊『光秀からの遺言 【本能寺の変 436年後の発見】』を刊行しました。

また、秋田書店と河出書房新社の合同企画「光秀プロジェクト」も始動しました。

 

明智光秀の末裔による「歴史捜査」ついに完結! 新資料発見に関する特別インタビュー、コラボPVも公開

明智憲三郎さんは、科学的研究手法「歴史捜査」を駆使して、「本能寺の変」の驚愕の真実に迫り、2013年の発売以来40万部の大ヒットとなった『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社文庫)の著者です。そして、明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫と伝わっています。

2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公に決定し、いま最も注目される武将・明智光秀。史上空前のクーデター・本能寺の変の「真実」とは何か?長年の研究の集大成となる本書では、謎だらけの光秀の前半生を完全に解明し、最後に残った謎「信長はなぜ、最後まで光秀だけを信じたのか?」に迫り、ついにミステリーの最深部へ到達します。

 
また、コミック『信長を殺した男』(作:藤堂裕さん/原案:明智憲三郎さん)を刊行する秋田書店と河出書房新社の合同企画「光秀プロジェクト」も始動しました。

特設サイトでは、明智憲三郎さんの「新説」を裏付ける新資料発見に関する特別インタビューのほか、河出書房新社の歴史書と秋田書店のコミックがコラボしたPVを公開しています。

★「光秀プロジェクト」特設サイト:http://www.kawade.co.jp/mitsuhide/

 

明智憲三郎さん プロフィール

明智憲三郎(あけち けんざぶろう)さんは、1947年生まれ。明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫と伝わる。

慶応義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、大手電機メーカーに入社。長年の情報畑の経験を活かした科学的歴史研究のアプローチ「歴史捜査」を駆使して精力的に研究、執筆、講演を続けている。日本歴史学会会員。

 

光秀からの遺言: 本能寺の変436年後の発見
光秀の末裔執念の歴史捜査ついに完結! 明智光秀の「前半生」と「系譜・出自」の初解明で史上空前のクーデターのすべてが明らかに!

 
【関連】
『光秀からの遺言』×『信長を殺した男』本能寺の変の真実がここに!

 


コメント

  • 定年後林秀貞が何故追放されたかに興味お持ち、祖父が長宗我部盛親の家伝のある家から養子に来ていることもあり、次の内容で書き2000年頃から懸賞に応募しましたが、長すぎるなどの理由で没となり、そのうち同じような筋書きの本が出始めたので、小生も「戦国への道」「信長の時空」として書き残しておきました。

    信長の祖父等が津島湊を攻め、昔南朝で戦い美濃に来ていた藤原一門林一族の林通忠らと、後醍醐帝の一天万民律令の世に戻さんとし、伊勢以東方で流通する永楽通宝を使い、御所修理、伊勢遷宮費支出、勢力拡大と、天下に打って出た父らの後を継いだ信長は、鐚銭まで使い尾張を統一し、今川を桶狭間で破り、斎藤道三に貰ったの国と尾張を取り、朝庭・足利義昭の要請を討幕の思いを隠し受け、永楽通宝の戦費で幕府を再建したが、旧来の施政を望む幕府や、私財で権力を増した戦国大名は、一天万民律令の世の世を望む信長と合はず信長包囲網が次々でき、堺の矢銭・安堵料・占領地からの領米・生野の銀等で戦費を賄い、戦功には占領地や武具・茶道具等の下賜、茶会解散権・傘の使用権の権利を与え戦ったが、当時の人々は私財で力をつけるのを望んでいたのか、一国一城の破城や検地をおこない、国主の任命制に踏み切り、まず身内の国人領主佐久間・林、安藤などを追放すると、秀吉・光秀・柴田・家康はじめ領国大名・まだ降伏せぬ毛利・長宗我部・上杉や朝廷までも動揺し、先に追放され信長暗殺を謀る林秀貞に、様々な情報をおくった。この様な中長宗我部の武田征伐不参加や、三好対応・武田征伐戦後の光秀の発言、長宗我部征伐決定と光秀の宗我部征伐決定阻止の上訴・却下による在庄措置・秀吉与力での中国出陣などが、光秀に佐久間の追放を想起させ、家康も三方を織田勢に囲まれ、盟邦から信長家臣に転落し、安土礼参の際信長に佐久間の様に打たれてはと、道中を伊賀者に守らせ、なにかあれば光秀の坂本城に逃げ込むとした、家康・光秀安土密会にかけ、光秀は家康勢を頼み、本能寺を林ら暗殺団と組み襲った。とした「信長の時空」を3巻に分け、俯瞰的に書き、アマゾン電子本で書いてみました。

  • 領地の相続争いが応仁の乱を呼び、気候寒冷で農産が衰えると、金貸し・土倉などの力が伸び、貧富の差が拡大して世が乱れ、飢えた民衆が土(つち)一揆(いっき)を起こして、足利幕府の衰退が早まり、幕府の全国支配が崩れると、各地で群雄が割拠し、戦乱乱世の世に入った。
    祖先が藤原利仁一門の織田・林氏は、南北朝期両陣営に分かれ戦ったが、濃尾にきて織田信定・信秀・林通勝・通忠の代になると、濃尾で後醍醐帝後裔(こうえい)の津島湊(みなと)大橋らと一揆し、伊勢湾以東で使える、永楽通宝銭を利用し得た湊の収益で、祖先藤原鎌足が定めた、大化の一天万民の世に戻し、民百姓が平等な生産手段を得て、平穏に食える世にせんと、南朝復活を遂げんと夢見て、朝廷や伊勢神宮に献金などして名を上げ、尾張で勢力を伸ばしていた。
    その思いを信長や林秀貞らが引き継ぎ、天下は天子のものとする、後醍醐帝の意志を継ぎ、貧富なき平穏な世にせんと、「死なうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたり遺すよの」と天下取りを目指し、津島の富で力を貯え、領地に根差さぬ、常備雇用の親衛隊を作り尾張を統合し、今川を桶狭間に誘い込み討ち、天下に名を上げ、美濃は藤原一門の義父,斉藤道三から譲られた地と制圧し、天下布武を掲げて、上洛の道を開かんとしているところへ、朝廷と足利義昭が、それぞれ復権の助けを求めきたので、これらと組むのが天下取りの早道と、一天万民天下布武の志を隠して上洛し、義昭幕府を興し、『以後二巻』旧幕政を望む義昭に、反旗を翻(ひるがえ)すよう仕向けて、義昭と対立し、義昭を追放したが、幕制に戻し領有制を維持拡大せんとする、戦国大名らに信長包囲網を作られ、これを討伐する中で、天下統一の在り方を一国一城とし、領主は任命制で土地を預かり治めるものとし、『以後三巻』まず実例を示そうと、一国に一城を残し他は壊し、信長最強軍団国人領主佐久間信や、嫡子信忠に与えた濃尾国の重臣、林秀貞・安藤伊賀・丹羽右近など、領有制で動く者を追放すると、領地領有を求め戦ってきた、敵味方朝廷までも驚き、信長の暗殺を計り、時に長宗我部工作に失敗し、次に追放されるはわれらと恐れる明智光秀が、すでに追放されて信長を敵と狙う林秀貞と組み、本能寺で信長を襲った。
    これらの事を、史実や家譜・日記・家伝・戦争記・伝記を時系列にならべ、俯瞰(ふかん)的に眺めて、公家・京の民衆などの噂・信長や秀貞らの考を、政治・経済・社会・軍事情勢等を想像して繋ぎとして加え、歴史事実を多く取り入れた、自伝的歴史小説「信長の時空」を、(天下への道) (上洛の日々) (本能寺の変)の三部作に分けて書き、合わせて理由なき理由で、追放消し去られたとする、林一族の無念も織り込みアマゾン電子本で書いてみました。

  • 私は信長を殺した者を、追放された林秀貞として、アマゾン電子本で書いています

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