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【訃報】作家で元・文化庁長官の三浦朱門さんが死去 妻は曽野綾子さん

作家で、元・文化庁長官の三浦朱門(みうら・しゅもん)さんが2月3日午前6時50分、肺炎のため東京都内の病院で死去しました。91歳。東京都出身。
葬儀・告別式は近親者で営んだそうで、喪主は妻で作家の曽野綾子(その・あやこ)さんです。

 
三浦朱門さんは 東京大学を卒業、日本大芸術学部で教えながら、1950年に同人誌『新思潮』を阪田寛夫さんらと発刊。『画鬼』(『冥府山水図 (1955年)』に改題)で文壇デビューしました。
遠藤周作さんや吉行淳之介さん、安岡章太郎さんらとともに「第三の新人」と呼ばれ活躍しました。
同人誌で知り合った曽野綾子さんと1953年に結婚。
1967年に『箱庭』で新潮社文学賞、1983年に『武蔵野インディアン (1982年)』で芸術選奨文部大臣賞を受賞、1987年に日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。1999年には文化功労者に選ばれました。

1985年から約1年半、民間人としては2人目となる文化庁長官を、1996年から2年間、教育課程審議会会長を務めました。日本文芸家協会理事長、日本芸術文化振興会会長、日本芸術院院長などを歴任。

 
エッセーでも『結婚なんかおやめなさい』『老人よ、花と散れ―思いのままに生きる』『日本人をダメにした教育』など刊行しています。

 
ともにカトリック教徒の三浦さんと曽根さんはおしどり夫婦としても有名で、産経新聞は「三浦さんと曽野さんは昭和28年に結婚。35年には夫婦2人でアメリカ大陸を縦断する1万キロの自動車旅行に挑むなど、文壇きってのおしどり夫婦として知られた。揮毫を求められた際には、『妻をめとらば曽野綾子』と書くほどの愛妻家。曽野さんはここ数年、体調が思わしくなかった三浦さんの介護を自宅で続けていた」というエピソードを紹介しています。

 
また、三浦さんは、生き字引さながらの博識として知られ、「阿川弘之さんや遠藤周作さんら親しく交際した同世代の作家仲間からは「エンサイクロペディア(百科事典)・ミウラニカとあだ名されたほど」(産経新聞より)だそうです。

 

箱庭 (講談社文芸文庫)
幸福な「家族」の静かな崩壊を描く長篇小説。
戦後20年、経済的にも物質的にも豊かになった日本社会。東京山の手を舞台に、1つの屋敷内に住む、父母、長男夫妻、次男夫妻の世代の異なる3カップルが繰り広げる悲喜劇。主人公の長男・木俣学と、弟・修の妻・百合子の情事をきっかけに、「箱庭のようにせまく、息苦しくそのくせ形だけはととのっている」家族が、ゆっくりと、静かに崩壊してゆく姿と、その荒涼とした心の風景を描く力作長篇小説。

 
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