自衛隊と防衛産業のリアル! 桜林美佐さん『軍産複合体』が刊行
自衛隊と防衛産業の「むきだしの現実」を描いた、桜林美佐さん著『軍産複合体 自衛隊と防衛産業のリアル』が新潮社より刊行されました。
国防の基礎は防衛産業にあり!
防衛費が5年間で倍増する政策が打ち出されるなど、台湾有事の可能性を踏まえ、安全保障に対する意識はかつてなく高まってきています。しかし、戦闘部隊である自衛隊はいうまでもなく、その基盤を支える防衛産業も、実は「問題だらけ」です。本書は、一貫して自衛隊と防衛産業の取材を続けてきた第一人者が、そのリアルな実態を綴った最新の論考です。
台湾有事の現実的な可能性が意識され、日本でも防衛論議が活発になされるようになってきました。岸田政権は防衛費をNATO諸国並みのGDP比2%にするべく、2023年度からの5カ年で総額43兆円にする方針を打ち出しました。昨年には「防衛生産基盤強化法」も成立し、防衛産業の基盤を整備しようとの気運も高まってきています。
しかし、日本の防衛産業の現場を見ると、「足かせだらけ」です。顧客は事実上自衛隊だけ。量産効果が働かず低い利益率。大企業の弱小部門に過ぎないので低い存在感。筋違いの「死の商人」批判。こうした理由から、「本当はやめたい」と考えている会社も少なくありません。実際に機関銃製造の住友重工、装甲車生産のコマツなど、防衛事業から撤退している会社が近年相次いでいます。
こうした現状に対し、「輸出によって防衛産業を振興する」とか「デュアルユース技術によるイノベーションを」といった意見も見られますが、日本の防衛産業の現実はなかなかそうした「経済原理」が浸透するような状況にありません。むしろ、「義理と人情と浪花節」の側面の方が強いのですが、そうなったのには「武器輸出三原則」や「専守防衛」といった、直接的な武力行使につながる事態を徹底的に忌避する、特殊日本的な事情がありました。
武器輸出三原則はなくなりましたが、切実に武器を必要としている国は、近年まで武器を禁輸していて、売る側の国のくせに買う側にいろいろ条件をつけてくるようなところから買いたいとは思わないでしょう。「輸出による防衛産業の振興」は、かなり高いハードルであると言わざるを得ません。
また、自衛隊の現場はコンプライアンスでがんじがらめになっており、隊での糧食をちょっと多めにとっただけで処分された「自衛隊のジャン・バルジャン」があちこちで生まれているような状況にあります。そんな状態に置かれた組織に「官民の交流で現場のニーズを汲み上げてイノベーションを」などといっても、無理筋の議論でしょう。
著者は、「防衛産業も安全保障政策の一環として位置づけ、その振興も安全保障政策の一環として考えるべき」との立場をとっています。武器輸出を産業政策としてバンバン行っているような韓国や欧州諸国とは、良くも悪くも日本は状況が違います。そうした「泥臭い現実」を、著者は丁寧に掬い取っていきます。
本書では、自衛隊と防衛産業のリアルな現実を描写しつつ、現時点で望みうる最善手をいろいろと提案しています。最近、川崎重工と海上自衛隊の潜水艦をめぐるスキャンダルがありましたが、そうしたスキャンダルが生まれる背景にも踏み込んだ解説をしています。
本書の構成
第1章 軍産複合体は国防の基盤である
ピント外れの議論ばかり/必要な日本版の「軍産複合体」/石碑に刻まれた「技術報國」という言葉/世界一を目指してこその国家の技術力/いまだかつてない防衛産業への注目/靴下と戦闘機はどちらが大事なのか/英国の防衛基盤を崩壊させたサッチャー首相/有事の発生は抑止の失敗である/シーレーンの安全が確保できなくなると……/北東アジアで米軍の抑止がきかなくなる可能性も/すぐそこにある危機/経済手段による攻撃/国産化に向かう世界
第2章 装備が可能な限り国産であるべき理由
大企業のニッチな一部門/民生品の受注を受けにくい会社も/義理・人情・浪花節/プライム企業でも相次ぐ撤退/「国産品よりも性能の良い海外製品を」という意見/「勝てない装備」を作り続けた理由/自衛隊流の装備管理を外国企業に求められるか/国産の弾薬は高くない/無理難題にもとことん応じる国内企業/日本人の身の丈に合う装備/国産の意義は陸自がいちばん重い
第3章 防衛産業に適正な利潤を
入魂式と進水式/「糸を売って縄を買った」過去/朝鮮戦争で生まれた需要/二の足を踏んだ企業/利益を保証するはずだった原価計算方式が企業の足かせに/いびつな関係/これまで適正な利益を得られていなかった/大事なのは「可動率」
第4章 装備品の調達に競争入札は馴染まない
「過大請求事案」がなぜ繰り返されるのか/競争入札は装備品の調達には馴染まない/現場にも影響している安物買い/みんなで力を合わせていた艦艇建造も「競争」の対象に/陸上装備でも熾烈な争い
第5章 軍事技術こそ「技術立国」の基礎である
技術はすべてデュアルユースが基本/学術会議の起源/防衛省からの呼びかけに猛反発/不十分だった研究・開発費/あらゆる技術開発をカバーする「ペンタゴンの頭脳」/「八木アンテナ」の悲劇
第6章 技術は1日にしてならず
自衛隊員の「学問の自由」を拒否してきた大学/外国からの資金援助はOK!/希望が託された次期戦闘機共同開発GCAP/共同開発した戦闘機を第三国に輸出できるか/幻の「心神」/悲願の国産エンジン完成/成功は長い道のりの末に
第7章 「防衛産業を輸出で振興する」という幻想
自衛隊のジャン・バルジャンたち/こんながんじがらめで技術協力や装備移転ができるのか/何のために輸出するのか/自衛隊も企業も気乗り薄/国家戦略としての装備移転が不在/今さら韓国の飛躍を羨んでも/紛争が商機になる/自衛隊の体制も否応なく変わることに
第8章 自衛官に「第二の人生」を保障せよ
「マルボウ」の人たち/第二の人生をどうするのか/「結婚するなら警察や消防の人」/スキルを活かせない再就職/将官がハローワークに/減っていく再就職先/辞めたくないのに制服を脱ぐ任期制隊員/少子化を言い訳にしてはならない
第9章 退役した装備品は備蓄に回すべし
退役した装備品はどうなるか/海外への流出はなぜ起きるのか/半導体はどうなっているのか/「防衛備蓄」を考慮せよ
第10章 陸上自衛隊の制服はなぜ不揃いなのか
繊維産業の海外移転で製造能力不足に/制服を着ることの重み/糸1本も機密扱い:知られざる制服作りの現場/繊維業界はもともと利幅が薄い。それなのに……/企業が求めるのは「特需」より「予見性」/最後はミシンを踏んで出来上がる
第11章 防衛産業の事業継承は、かくも困難
なぜ防衛産業の企業統合は進まないのか/衝撃的なダイセルの撤退と引継ぎの難しさ/被災しても責任感で後任企業を探す/プライムとベンダーの絆/事態を最小限に抑えたプロの仕事/悲しみを乗り越えて国防のために/日本一ドラマティックなタクアン
第12章 靴下のことを考えろ!
能登半島地震/反自衛隊の風土/自衛隊装備に対する批判も/仕様を詳しく書き込めない制度/性能の問題というより運用の問題もある/靴工場の女性たち/更新が遅い理由
第13章 空想的防衛論議に終止符を
自衛官の生活環境がなかなか改善されない理由/防衛生産基盤強化法/国有化で防衛技術を守る/サイバー脅威に晒されている関連企業/防衛産業の守秘義務/川重・潜水艦裏金事件の背景/「官民の癒着」とは程遠い実態/処罰だけでは根本的解決にならない/特定秘密と特定防衛秘密
あとがき
著者プロフィール
桜林美佐(さくらばやし・みさ)さんは、防衛問題研究家。1970年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、アナウンサー、ディレクターとしてテレビ業界で活躍。自衛隊と防衛産業を継続的に取材している。
著書に『危機迫る日本の防衛産業』『誰も語らなかったニッポンの防衛産業』など多数。
軍産複合体:自衛隊と防衛産業のリアル (新潮新書) 桜林 美佐 (著) 台湾有事が現実的な懸念となる今、自衛隊の安定的な運用のためにも防衛産業の再興が欠かせない。しかし、日本の防衛産業には何重もの「足かせ」がある。顧客は自衛隊だけ、大企業の弱小部門に過ぎない存在感の低さ、筋違いの「死の商人」批判などから、「本当はやめたい」会社も少なくないのだ。一貫して自衛隊と防衛産業の取材を続けている専門家が語る、「軍産複合体」のリアルな姿。 |
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