美貌の青年の代わりに年老いていく肖像画!? オスカー・ワイルド唯一の長編『ドリアン・グレイの肖像』が河合祥一郎さんの新訳で刊行
オスカー・ワイルド唯一の長編『ドリアン・グレイの肖像』が、シェイクスピア研究の第一人者で東大教授の河合祥一郎さんの新訳により、『新訳 ドリアン・グレイの肖像』として角川文庫より刊行されました。
130年前の作品なのにめちゃくちゃ面白い! 最新研究を反映した決定版が発売に
『ドリアン・グレイの肖像』は、刊行以来ずっと読みつがれ、さらに何度も映画化、舞台化(バレエでも演劇でも)されている傑作で、その人気は今も健在です。英語圏のみならずロシア、ドイツ、イタリア、スペイン、フランスでも映像化され、日本でも繰り返し舞台化されています。
【あらすじ】
純真な青年ドリアンは天使のような美貌を買われ、肖像画のモデルになる。それは素晴らしい出来になるが、快楽主義者ヘンリー卿に若さが有限だと気づかされ絶望。「永遠に若いのが僕で、年をとるのがこの絵なら、魂だって差し出す!」以来、青年に代わり、絵が年老いていく。誰かを裏切れば絵は醜く歪み、破滅させれば邪悪に黒ずむ。××すれば…。現実と虚構、同性愛の記号が交差する異端の名作。徹底解説91P。最新研究を反映した新訳!
純真だったはずの青年ドリアンが快楽に身を任せ、悪にどんどん染まっていく姿は痛快で、「え? こんなことまでするの?」と唖然として圧倒されます。今で言うアンチヒーローものなのでしょうが、ストーリーの核となる仕掛けにドリアンの肖像画の摩訶不思議な変化があり、ゴシックホラー小説と言えるでしょう。
登場人物たちの台詞がいちいち格好よく、担当編集は初読のときに痺れた台詞をすべてメモしたそうですが、A4サイズのWordファイルで10Pにもわたったそうです。現代なら絶対にNGなヘンリー卿の皮肉が、ワイルドその人がまさに言っているように聞こえてニヤリとします。当時も今も変わらない窮屈なこの世界で、フィクションだけに許される、道徳規範や社会の決まり事をやぶっていくさまに、胸がスカっとします。
河合祥一郎さんの新訳の魅力について
複数の出版社から『ドリアン・グレイの肖像』は刊行されていますが、河合祥一郎さんの新訳のアピールポイントは以下の通りです。
ポイント1 どの先行訳よりも読みやすく面白く、誤訳・訳し飛ばしを廃し、原文の意味を忠実に伝える新訳
「訳者あとがき」にも「この新訳のねらい」として記されていますが、「新訳である以上、これまでのどの先行訳よりも読みやすく、わかりやすく、おもしろく、なおかつ原文の意味を正しく伝える訳にする」とのこと。
先行訳では「レイディ」(貴族の女性への敬称)を「夫人」と訳すことで、ワイルドがこだわって作った上流階級のキャラクターがそれとわからなくなってしまいました。また、ダートムーアをヘンリー卿の兄の名前として訳さずに、デボン州南部の地名だと誤解した訳や、ジョージアという国名を「ジョージ王朝時代の」とした訳など、残念ながら先行訳には間違いではないか、と受け取れる訳が多く、訳し飛ばしも多いようでした。河合さんもあとがきで書いているように、「本書にはそのようなところは一切ないことをお約束」します。
ポイント2 最新研究に基づき、ワイルドの思想とテーマを明快に提示
「訳者あとがき」に「私見だが、翻訳とは、単に英語を日本語に置き換える作業ではない。英語で表現された文化や思想や感性を(略)日本語で表現し直す作業なのではないだろうか。したがってテクストが書かれた当時の文化を知り、作者の思考を他の著作にも当たって理解することは大前提となる」とありますが、英文学研究の第一人者である訳者の河合さんは、ワイルドの最新研究の論文や関連した文献にもあたって、彼の思想や傾倒した耽美主義(aestheticism)、当時の文化についてよく理解した上で本書を訳しました。
なお、ワイルドが最も重視した美学上の重要概念である「ピクチャレスク」という言葉は、先行訳ではいずれも美学概念として訳されていません。河合さんは「これを美学概念として訳に反映しなくて果たしてワイルドを訳したことになるのか」として、訳注で説明しています。そして本書のメインテーマの一つである「人生は芸術を模倣する」についてもたっぷりと語っています。
ポイント3 作品の時代背景や芸術観がわかる、読解に必須の訳注が47Pも掲載!
ポイント2でもふれたとおり、本書は最新研究にもとづき、関連する文献を徹底的に調べた上で新訳されました。そのため、作品の時代背景や芸術観がわかる訳注を、なんと47Pも掲載。上述した美学概念「ピクチャレスク」についてや、地図、そしてかなりの教養人でないと知り得ないような当時の文化や文学、芸術についての語句が今の私たちにもわかりやすく説明されています。これがないと第十一章で描かれるワイルドの美への熱狂がまったく理解できず、ストーリーの表層だけを追うことになってしまいます。作品を深く読解するためには必要不可欠な訳注だと言えるでしょう。
ポイント4 ワイルドを破滅させた同性愛裁判を詳説する訳者あとがきも44P掲載!
「訳者あとがき」もこだわりぬいた解説になっており、とくに面白いのはワイルドを破滅させた同性愛裁判のくだりでしょう。
上述もしたワイルドの名言「人生は芸術を模倣する」ですが、実際にこの作品を模倣するように、本作を執筆後に、ワイルドは美青年アルフレッド・ダグラス卿と出会ってぞっこんに惚れ込み、恋愛関係に陥ります。それが元でアルフレッドの父のクィーンズベリー侯爵とトラブルになり、同性愛裁判で裁かれることに(当時イギリスで男性同性愛は重大犯罪でした)。裁判に負けてワイルドは破滅するのですが、この裁判での、侯爵側の弁護人とワイルドの洒脱で生々しいやりとりが掲載されています。
「訳者あとがき」には他にも、同性愛に傾倒するきっかけとなった古代ギリシャの美をワイルドに教えこんだ教師の存在や、作中で「毒のある本」として紹介される奇書『さかしま』、本書のネタ本、そして主要キャラのモデルとなった人物についても詳説され、大変読み応えがあります。
番外編 説明もなく足された「画家による序文」?
1904年にニューヨークの出版社が刊行した海賊版の『ドリアン・グレイの肖像』には、本書の主要キャラクターのひとりである画家バジルによる絵と「画家による序文」が掲載されました。まるでバジルやドリアンが実在するかのように演出されていますが、こちらはもちろんでっちあげ。出版社が読者を楽しませるジョークのつもりでフェイクドキュメンタリーのように付け加えたのでしょう。
本書の「訳者あとがき」にもその絵と序文が掲載されていますが、実は先行訳で、説明もなく、この「画家による序文」を掲載しているものがあります。ワイルドによる文章ではありませんので注意が必要です。
翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子さん 推薦文
「新訳の光に照らされて、生身のドリアンがそこに立っている!
紫水晶色の瞳、緋色の唇から、いま生きた言葉がこぼれだす。
名優によって役が飛翔するように、名訳は原作を解き放つ。」
(鴻巣友季子)
著者プロフィール
■オスカー・ワイルド
アイルランド出身の小説家・劇作家・詩人・批評家(1854-1900)。代表作に戯曲『サロメ』『まじめが肝心』『レイディ・ウィンダミアの扇』、小説『ドリアン・グレイの肖像』、童話『幸福な王子』など。
フランス象徴主義の影響を受け、耽美的・頽廃的な19世紀末文学の旗手となった。警句や軽妙な会話を得意とし、社交界の寵児となったが、当時犯罪とされた同性愛で有罪となり、投獄され破産。出獄3年後にパリに死す。その唯美主義の影響は大きく、谷崎潤一郎も影響を受けた。
■訳:河合祥一郎(かわい・しょういちろう)さん
1960年生まれ。東京大学およびケンブリッジ大学より博士号を取得。現在、東京大学教授。
著書に第23回サントリー学芸賞受賞の『ハムレットは太っていた!』(白水社)、『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、『NHK「100分de名著」ブックス シェイクスピア ハムレット』(NHK出版)など。角川文庫よりシェイクスピアの新訳、『不思議の国のアリス』、「新訳 ドリトル先生」「ポー傑作選」シリーズ、『新訳 サロメ』などを刊行。
新訳 ドリアン・グレイの肖像 (角川文庫) オスカー・ワイルド (著), 河合 祥一郎 (翻訳) 鴻巣友季子氏推薦。異端の名作。最新研究を反映した新訳!徹底解説91P! The Picture of Dorian Gray by Oscar Wilde, 1891 130年前の作品なのに、めちゃくちゃ面白い |
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