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町田康さん×清水次郎長!痛快コメディ小説(ときどきBL)『男の愛 たびだちの詩』が刊行 「まったく男が男に惚れるってのは厄介(やっけぇ)なもんだ。」

町田康さん著『男の愛 たびだちの詩』(装画:巻田はるかさん)

町田康さん著『男の愛 たびだちの詩』(装画:巻田はるかさん)

町田康さん著『男の愛 たびだちの詩』(装画:巻田はるかさん)が左右社より刊行されました。

 

清水次郎長、やくざデビュー!

幕末・明治に数々の逸話でその名を馳せた侠客、清水次郎長。
二代目広沢虎造「清水次郎長伝」などをはじめ、多くの作品で人々に親しまれてきた次郎長の物語が、浪曲の節と啖呵、そしてボーイズ・ラブ視点も織り交ぜた町田康版・痛快コメディとして蘇りました。

 
文政三年、「正月元日に生まれた子供は将来、途轍もない賢才になる。ところがもしそうならなかった場合は極悪人になる」という言い伝えから、生まれてすぐ養子に出された長五郎=次郎長。

義理と人情には滅法強い海道一の親分……のはずが、初恋の男にはすげなく振られ「顔か。顔が不細工なのか」と激しく苦悶。初めての啖呵は全く上手く切れず「ちょっとなに言ってるかわからない」と返される始末。

どこか抜けていて愛おしい次郎長が、失恋、養父母との確執、親しい仲間との出会いと別れを経て、国を捨ててやくざの世界で「男になる」までの心理を繊細かつ軽快に描きます。

 
「ーーどんなに自分が辛くてもぐっと我慢して笑ってみせる。
吁(ああ)、やくざの旅ゃ、辛ぇなあ。」

 

次郎長、初恋

(「次郎長と福太郞/次郎長の計略」より)

「だけど、おいら土手から帰る途中にあの飴を落としちまったんだ。慌てて探したんだけど見つからねぇのさ。あンときは口惜しかったっけなあ」
「そうかい。口惜しかったかい」
「ああ、口惜しかったさ」
「なにがそんな口惜しかった」
「だっておめぇがくれた飴じゃねぇか。他の者じゃねぇ、おめえがくれた飴ならおいら大事に舐めたかったさ」
トゥクン。
次郞長は暫く歩きにくかった。
福太郞が自分を嫌って飴を捨てたのではないこと。それどころか、むしろ自分に好意を持っていることがわかって次郞長は有頂天になった。

 

次郎長、失恋

(「次郎長、五年がんばる」より)

福太郞はあのとき黙っていた。と次郞長は思った。
おいらの弁当箱から金魚が見つかったとき福太郞は黙っていた。それは別にいい。おいらが勝手にやったことなのだから。ただ、おいらが家に帰るとき。あのときも福太郞は黙っていた。おいら、別に何を言って欲しかったわけじゃあない、ただ、「次郞長どん、またな」と、たった一言、言ってくれりゃあ、おいら笑って家に帰ったんだ。
ところが福太郞はなにも言いやしねぇ。言わねぇばかりじゃねぇ、こっちを見もしねぇんだ。見もしねぇで、米吉やら丑吉やらとふざけてやがった。あんまりじゃねぇか、福太郞。あれじゃあ、おいら、あんまりにも甲斐がねぇじゃねぇか。福太郞よ、あんたにとっておいらはいったい何だったんだよ。福太郞ってなんなんだよ。おいらってなんなんだよ。牛ってなんなんだよ。毛虫ってなんなんだよ。みんなみんな蓑虫なのかよ。
このように混乱するうちに昼間の疲れから次郞長はいつしか眠りに落ちていたが、その頬には一筋の涙が流れていた。

 

「やくざ・清水次郎長」、誕生

(「次郎長、やくざになる」より)

好きなように生きる? どうやって?
どうもこうもない。世間の常識なんか無視するのさ。金なんか塵芥と思うのさ。飲みたいだけ酒を飲み、暴れたいだけ暴れ、刹那に生きる。
それでどうなるってんだ?
どうにもならんよ。どうにもならんが、ただ我慢してなにもしないまま虚しさを抱えて生きて死ぬより、その瞬間瞬間、やりたいことをやって快活に生きた方がいいに決まってる、って話だよ。
そりゃそうしたいのは山々だが……、果たしてそんなことが可能なのか?
普通じゃ無理だ。だが此の世にひとつだけ、そうして生きる道がある。
なんて道だ?
任侠の道だよ。
任侠。やくざ、ってことか。
そうよ。
「任侠」
と、次郞長は声に出して言った。
清水次郞長はこの瞬間に誕生した。

 

旅の始まり

(「次郎長、国を売る」より)

「さあ、どこへ行こうか」
「どうしようかねぇ」
と金八と諮っているところ、後から、
「おヽい」
と声を発しながら追ってくる者があった。
「すは、追手か」
と一瞬、身構えた次郞長と金八であったが、すぐに、「なんでぇ」って顔になった。
追いかけてきた二人は、かねてよりの博奕仲間、江尻の熊五郞、庵原の広吉であった。
二人は追いつくなり次郞長に言った。
「次郞長、おめえ、旅に出るんなら俺たちも一緒に連れてってくんねぇ」
「なんでだ。てめえらも人を殺したのか」
「人聞きの悪いこと言うねぇ、殺しゃしねぇ」
「じゃあ、なんで旅に出るんだ」
「決まってらあ、男を磨きてぇからよ、なあ」

 

じゃれあい道中

(「仁義の技法」より)

「よしじゃ、そうと決まりゃ、熊五郞、おめぇ、ちょっと行って仁義切ってきてくんねんか」
「嫌だよ」
「なんで」
「なんでもかんでもあるかい。俺はやくざだが始めたばかりでまだ仁義の切り方を知らねぇ。広吉、おめぇ、行け」
「俺も知らねぇ」
「なんだ、なんだ、てめぇたちゃ、だらしがねぇにも程があるぜ。偉そうにやくざだなんだと言いながら仁義も知らねぇんじゃどうしようもねぇじゃねぇか」
「面目ねぇ。けど知らねぇもなあ、しようがねえ。すまねぇが次郞、おめぇ、行ってきてくれ」
「バカヤロー。俺も知らねぇ」
「がくっ、って口で言っちゃったじゃねぇか」
「げらげらげら」
「げらげらげら」

 

本書の目次

雲不見と呼ばれた男はえぐい奴だった
次郞長という名前の由来
次郞長と福太郞/次郞長の計略
水遣りからの解放/次郞長の思い
次郞長はどこにも居られない
次郞長、五年がんばる
次郞長の決意
次郞長東奔
次郞長、甲田屋を放逐される
蕩児、浜松で儲けて帰還する
次郞長、甲田屋の主になる
天保六年暮れのあり得ない出来事
次郞長、やくざになる
博奕場にて/やくざの生活
やくざの喧嘩
小富の恐怖
次郞長と小富の確執
棍棒持って殴り込み
小富ぼこぼこ。
次郞長、国を売る。
仁義の技法
旅烏の悲しみ
兄哥と呼ばれる男になりたい/どえらいところで道聞いて
次郞長、男になる

 

著者プロフィール

著者の町田康(まちだ・こう)さんは、1962年生まれ。大阪府出身。作家/ミュージシャン。1981年、歌手デビュー。1996年、初小説「くっすん大黒」でドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞を受賞。2000年「きれぎれ」で芥川賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞を受賞するなど受賞歴多数。

★Twitter:https://twitter.com/machidakoujoho

 

男の愛 たびだちの詩
町田 康 (著)

 


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