本のページ

SINCE 1991

「新潮ドキュメント賞」「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞」受賞作家・福田ますみさん『ポリコレの正体』が刊行

福田ますみさん著『ポリコレの正体 「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは』

福田ますみさん著『ポリコレの正体 「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは』

『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で新潮ドキュメント賞、『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞し、多くのノンフィクションで高い評価を得てきた福田ますみさんが、行き過ぎたポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ=ポリコレ)の実像に迫った『ポリコレの正体 「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは』を方丈社より刊行しました。

 

多くのノンフィクションで高い評価を得てきた著者がポリティカル・コレクトネスという新たな敵の正体を暴く!

学校での「教師によるいじめ」として全国で報道もされた事件の取材を通して、他メディアによる報道が、実際はモンスターぺアレントの言い分をうのみにした「でっちあげ」だったことを発見。冤罪を解明した過程をまとめた『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で、2007年に「新潮ドキュメント賞」を受賞。同書は文庫で17.5万部とベストセラーになっており、コミック版も発売されています。

また『モンスターマザー 「長野・丸子実業高校【いじめ自殺】でっちあげ事件」』では、編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞するなど、多くのノンフィクションで高い評価を得てきた福田ますみさんが、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ=ポリコレ)の実像に迫ります。

 
「人種差別やジェンダーによる差別をなくし、多様性を認めよ」という掛け声のもと、「新しい正義」がうたわれ、その正義の基準に沿わないものは、全メディア総出で、集団リンチのごとく批判され、社会的に抹殺されるキャンセル・カルチャーや、批判的人種理論が幅を利かせるアメリカ。

 
多様性とは、自らと違った立場の意見を尊重し、相互に認め合うことなのに、逆に「不寛容」ばかりが増し、企業も学校も社会も息が詰まっていきます。

ポリコレ先進国のアメリカでは、非キリスト教徒に配慮するという大義名分のもと、「メリークリスマス」という言葉は奪われ、性差別への配慮として、米国の下院議会では「お父さん」「お母さん」をはじめ、性別を規定する言葉の使用は許されなくなってしまいました。

 
カリフォルニアでは、LGBTQに配慮するため、結婚式で、「夫(ハズバンド)」とも「妻(ワイフ)」とも言えないそうです。LGBTの中でも、トランスジェンダーをめぐるトラブルは先進国アメリカで激増しており、日本にもその流れは急速に近づいていると思われます。

 
日本は一日も早く先行するアメリカの過ちに気づき、本当の自由と平等を取り戻す努力を始めなければいけない。「機会の平等」でなく、「結果における平等」を保証することは、「新たな不平等を創造」するだけで、そこには絶望しかない。一般社会に広がりつつある、「行き過ぎたポリコレへの嫌悪感」が、今後、企業の商品開発や事なかれ的な企業文化に影響を与えことになるかもしれない。

――忠実で丹念な取材力を基本に、多くのノンフィクション作品で高い評価を得てきた著者が、「ポリコレ」という新たな敵の正体を見出し、追い詰めていきます。

 

本書の構成

1章 ポリコレは、全体主義への一里塚
「お母さん」とさえ呼べなくなる? ――着々と進む、狂気の言葉狩り

2章 日本のポリコレは、「反日・日本人」養成所
正義なきメディアが「内心の自由」に踏み込み、断罪する恐ろしさ

3章 BLMの不都合な真実
蘇る「新左翼」――「平和な顔をした暴力革命運動」に騙されるな!

4章 LGBTを“弱者ビジネス”にしようとする人々
当事者たちに訊く――「新潮45」廃刊事件再考

5章 【事例研究】LGBTイデオロギーとどう向き合うか?
3つのケースから学ぶ、ポリコレ推進活動家への対処法

 

著者プロフィール

著者の福田ますみ(ふくだ・ますみ)さんは、1956(昭和31)年生まれ。横浜市出身。立教大学社会学部卒業。専門誌、編集プロダクション勤務を経て、フリーライターに。以後、様々な雑誌、Webメディアへの寄稿を続けてきた。

学校での「教師によるいじめ」として全国報道もされた事件の取材を通して、他メディアによる報道が、実際はモンスターぺアレントの言い分をうのみにした「でっちあげ」だったことを発見。冤罪を解明した過程をまとめた『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』で、2007年に「新潮ドキュメント賞」を受賞。他に『モンスターマザー 「長野・丸子実業高校【いじめ自殺】でっちあげ事件」』では、編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞。他、『暗殺国家ロシア:消されたジャーナリストを追う』(以上新潮社)、『スターリン 家族の肖像』(文芸春秋)などがある。

 

ポリコレの正体 「多様性尊重」「言葉狩り」の先にあるものは
福田 ますみ (著)

ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ=ポリコレ)という正義の名のもとに、新たな次元の支配システムが、アメリカを、そしてこの日本を蝕んでいる。
BLM、LGBTQ……「人種差別やジェンダーによる差別をなくし、多様性を認めよ」
という掛け声のもと、「新しい正義」が謳われ、その正義の基準に沿わないものは、全メディア総出で、逃げ場なき集団リンチのごとく手酷く批判され、社会的に抹殺される。

キャンセル・カルチャーや批判的人種理論が幅を利かせるアメリカ。尻尾を振ってそこを追いかけようとする日本のメディアが、日本を誤った道に連れて行こうとしている。
森喜朗元首相たたきもそうだった。仮に失言はあったにせよ、異様なのは、その後の「全メディア挙げての集団リンチ、吊るし上げ」であり、反論さえ許さぬモンスター的人格攻撃だ。「差別をするな。多様性を認めよ」と叫びながら、その実「自分にとって都合の悪い多様性は一切認めようとせず」「新たな差別を創造する」流れは、今後さらに増加し、極端化し、過激になっていくと思われる。それでいいのか? 防ぐ方法はないのか?

多様性とは、自らと違った立場の意見を尊重し、相互に認め合うことのはずなのに、逆に「不寛容」ばかりが増し、企業も学校も社会も息が詰まっていく。
ポリコレ先進国・アメリカの悲惨さを見よ。非キリスト教徒に配慮するという大義名分のもと、すでに「メリークリスマス」という言葉は奪われ、性差別への配慮として、「お父さん」「お母さん」も公式の場では使えなくなってしまった。
カリフォルニアでは、LGBTQに配慮するため、結婚式の際、「夫」とも「妻」とも言えないのだ。狂気だ。

日本は1日も早く先行するアメリカの過ちに気づき、本当の自由と平等を取り戻す努力を始めなければいけない。「機会の平等」でなく、「結果における平等」を保証することは、「新たな不平等を創造」するだけ。そこには絶望しかない。
今や、日本の学校では「あだ名」をつける事さえ、一律に禁止されようとしている。
「言葉狩り」や「#MeToo」、「マスク警察」や「ワクチン警察」、「お母さん食堂」へのいちゃもんなどに代表される動きが、今後さらにエスカレートし、モンスター化し、一方的なレッテル貼りをすることで、人々のつながりが分断され、冤罪事件を生んだり、暴力や殺人など、新しい深刻な差別を生む日も遠くないのでは、と不安を感じている
人も多いように感じられる。

忠実で丹念な取材力を基本に、多くのノンフィクション作品で高い評価を得てきた著者が、「ポリコレ」という新たな敵の正体を見出し、追い詰めていく。
現状のまま進めば、日本もジョージ・オーウェルの『1984年』のような全体主義管理社会というディストピアにどんどん近づいていく。なんとかそれを阻止したいとの強い思いが本書を書かせた。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。