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桃太郎や浦島太郎を“主人公の目線”で描いた絵本「1人称童話シリーズ」が重版 おいらはもう竜宮城にあきたのでした。

桃太郎や浦島太郎を“主人公の目線”で描いた絵本「1人称童話シリーズ」が重版

桃太郎や浦島太郎を“主人公の目線”で描いた絵本「1人称童話シリーズ」が重版

高陵社書店が出版した、童話を主人公の目線で描いた絵本「1人称童話シリーズ」が絵本史上初となるグッドデザイン賞金賞を受賞、累計発行部数が5万部を超え、この度重版が決定しました。

 

「1人称童話」誕生の背景

もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら…。

1人称童話シリーズはそんな変わった着想から生まれた絵本です。「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まってその話法・視点は3人称。一方、本シリーズで描かれるのは、そうしたいわゆる「天の声」ではなく、主人公たちの語られなかった胸の内にほかなりません。

 
桃太郎やシンデレラ、浦島太郎の視点を借りて、物語の世界を自らの目で見つめ、彼らになったつもりでその気持ちをひしひしと感じてみる。

「他者の気持ちを感じる、想像する」ことを、子供たちに楽しみながら体験してもらい、「共感と想像の力」を広げてもらうことが本シリーズの究極的な目的です。

 

客観から主観へ。まなざしと気持ちの絵本

1人称で書かれた文、そして1人称視点で描かれた絵。
これにより「出来事」から「心」へと物語の重心が変化します。

慣れ親しんだ物語だからこそ新鮮な読み味が生まれ、同時に、知られざる「他者の気持ち」を体験可能となります。

とりわけ絵は、両ページのセンターにレイアウトし、本を手に持った子供がそのまま主人公視点となって深く没入できるよう配慮されています。

さらに本書の最後に待っているのは、「君が主人公ならどんな主人公?」の問いかけ。読んで終わるのではなく、物語を自分のこととして改めて捉え直す機会を用意。自らの心と対話し、自分なりの主人公を想像・創造することこそが、本書の真のエンディングです。

 

桃太郎が語る 桃太郎 (1人称童話)
著者: クゲ ユウジ(文)、岡村 優太(絵)

ぼくは鬼がこわいと思いました。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、いわゆる「天の声」でえがかれています。
3人称から1人称へ。客観から主観へ。もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。その額にカメラがついていたら――
「1人称童話」はそんな発想のちょっと変わった絵本です。えがかれるのは、3人称のナレーションでは語られない、主人公の「たとえば」の胸の内。他者である主人公の視点から物語を体験する1人称童話は「まなざしと気持ちの絵本」といえるのかもしれません。
「もしきみが桃太郎なら?」本の最後には、そんな問いかけが待っています。この本の大きな楽しみのひとつは読んだ後にあります。
お子さま自身が「もし自分なら」を考える。たとえば旅立つとき、鬼と向き合ったとき、自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろん正解はありません。物語の中にその身を置いて、そこに現れる「心」や「行動」を自由に想像してみる。
それ自体がお子さまにとって新鮮な体験となることと思います。 まずは「桃太郎」から。以降「シンデレラ」「浦島太郎」へ。ひとつの物語がお子さまの豊かな滋養となりますように。

 
シンデレラが語るシンデレラ (1人称童話)
クゲ ユウジ(文)、柴田 ケイコ(絵)

もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。「シンデレラが語るシンデレラ」は、前作・桃太郎に続く「1人称童話」のシリーズ二作目です。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、いわゆる「ナレーション」でえがかれています。3人称から1人称へ。客観から主観へ。このシリーズでえがかれるのは、主人公の「たとえば」の胸の内。シンデレラは何を思い、何を見つめ、何を求めていたのだろう。主人公視点で物語を体験する1人称童話は、つまるところ「まなざしと気持ちの絵本」といえるのかもしれません。
この本の大きな楽しみのひとつは、読んだ後にあります。「もしきみがシンデレラなら?」そんな問いかけが本の最後には待っています。お子さま自身が「もし自分なら…」を考える。たとえば継母と最初に会ったときとき、舞踏会に出かけたとき、ガラスのクツが脱げたとき、自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろんそこに無二の正解はありません。作品の中に身を置いて、そこに現れる「心」や「行動」を自由に考えてみる。それは、想像力を遠くのびやかにし、そして自分以外の誰かを思う繊細な心配りを育みます。
絵は人気イラストレーターの柴田ケイコさん。独特の鮮やかな色づかいと、ぬくもりにみちた美しいタッチで、シンデレラの視界が展開されてゆきます。ひとつの物語、ひとつの絵本が、お子さまの豊かな滋養となりますように。
2018年、グッドデザイン賞金賞受賞

 
浦島太郎が語る 浦島太郎 (1人称童話)
クゲ ユウジ(文)、ニシワキ タダシ(絵)

おいらはもう竜宮城にあきたのでした。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、いわゆる「天の声」でえがかれています。 3人称から1人称へ。客観から主観へ。もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。その額にカメラがついていたら――
「1人称童話」はそんな発想のちょっと変わった絵本です。えがかれるのは、3人称のナレーションでは語られない、 主人公の「たとえば」の胸の内。他者である主人公の視点から物語を体験する1人称童話は「まなざしと気持ちの絵本」といえるのかもしれません。
「もしきみが浦島太郎なら?」本の最後には、そんな問いかけが待っています。この本の大きな楽しみのひとつは読んだ後にあります。
お子さま自身が「もし自分なら」を考える。たとえば浜辺でカメをいじめている子どもたちを見たとき、カメの背中にまたがったとき、乙姫様と出会ったとき、自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろん正解はありません。物語の中にその身を置いて、そこに現れる「心」や「行動」を自由に想像してみる。
それ自体がお子さまにとって新鮮な体験となることと思います。 ひとつの物語がお子さまの豊かな滋養となりますように。

 
【関連】
1人称童話シリーズ まなざしと気持ちの絵本

 


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