本のページ

SINCE 1991

「猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました」やーこさん第2弾『電車で不思議なことによく遭遇して、みんな小刻みに震えました』が刊行

2023年に刊行された『猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました』のやーこさんによる、第2弾『電車で不思議なことによく遭遇して、みんな小刻みに震えました』(イラスト:栖周さん)がKADOKAWAより刊行されました。

 

第2弾も人気話&書き下ろし作品を多数収録! とにかく笑えます

重版を重ねた『猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました』で話題のやーこさんの第2弾が登場。

なぜか不思議なことは電車でよく起きるので、今回は電車ネタを豊富にラインナップ。
「スマホの調子が悪くなり調べてもらいに行ったら恐ろしい事になっていた話」や「夜道で声をかけられて振り向いたら血の気が引いた話」「電車で赤子が泣き出して謝る母親を援護したら怖い目にあった話」など人気作の他、やーこさんの愛猫への思い溢れる長篇など書籍のために書き下ろした新作も10篇以上収録。

挿絵は第1弾に続き栖周さんが担当。笑いの起爆剤となる迫力あるイラストで書き下ろし作品を盛り上げます。

 
【本書の内容】

「電車で赤子が泣き出して謝る母親を援護したら怖い目にあった話」
「スマホの調子が悪くなり調べてもらいに行ったら恐ろしい事になっていた話」
「自宅前に置いていた物で怪我をしたと言われ急いで玄関を開けた末路の話」
「電車で突然声を荒らげた男性に驚き目を合わせてしまい大変な事になった話」
「コンビニで酷い目にあった話」
「猫の病院で後悔した話」

…他、長篇を含む40篇

 

本書より(一部抜粋)

 
◆電車で赤子が泣き出して 謝る母親を援護したら 怖い目にあった話

電車の座席に座り半分寝ていると、ドア付近に立つ二人組の女子高生が静かに口論をし始めた。すると、私の向かい側に座っていた赤子が泣き出した。

赤子の母親が、謝りながら申し訳なさそうに子をあやしていると、その近くに座っていたオヤジが険しい表情をして見ていたので、念の為にその母子の援護に回る事にした。
「いえいえ、赤ちゃんですし」「私も皆も昔は赤ちゃんでしたし、大丈夫です」と、言おうとしたが、緊張のあまり合体し
「私も赤ちゃんなので、大丈夫です」
などと、精神的に全く大丈夫ではなさそうな発言をしてしまった。
生後240ヶ月の元気な赤ちゃんが電車内で産声を上げた瞬間であった。
スッと険しい顔のおじさんが顔を背けたのが視界の端に入った。

言い直そうとしたが母子と目を合わせる事に気まずさを覚え、私は視線をずらした。
その先に先程のオヤジがいた為
「赤ちゃんですよ?」
と、オヤジに語りかけているかのようになってしまった。
こちらとしては「だって赤ちゃんですよ、仕方ないですよねぇ」という意で言ったのだが、先程の発言のせいで己が赤ちゃんである事をオヤジにゴリ押すかのような物言いとなってし まった。

逃げ場のない空間で、己が赤ちゃんであると信じてやまない成人が目前に現れれば、僧侶でもない限り精神を乱される事だろう。
赤ちゃんという可愛い媒体を以てしても隠しきれぬ不気味さが車両を包んだ。

どうか怖がらない でほしい。
私に意見の押し付けをされたオヤジは、身体を震わせながら先程よりも傾斜角を増して再び顔を逸らせた。
しばらく見つめたが、意地でも目を合わきぬ様子であった。
赤子は泣き、母親は固まり、オヤジは必死で私という存在を視界から消そうとしている。 人混みの中で感じる孤独とはこの事かと、いたく思い知った。

私の羞恥心が限界を迎えようとしている。
このままでは、生後240ヶ月の私の嗚咽が電車内に響き渡り、この不気味な展開に更なる拍車を掛ける事だろう。
席を移動しようと立ち上がると、赤子と目が合った。「立つ鳥跡を濁さず」と思い、最後の力を振り絞り笑顔で赤子に両手を振ろうとした。

その時、電車が動いた。
急な揺れに母子に向けた私の笑顔は大きく横へぶれた。
顔の方向だけが固定されたまま、横歩きで忙しないステップを刻み続け、私の身体は車両の端へと流されていった。
口が×印の例のウサギが、歩行中に足元に威嚇射撃を乱射されればこのような動きを見せる事だろう。しかも、顔は例のウサギのような無の表情ではなく謎に笑顔である。
私は足を止める事ができず、そのまま側で口論をしていた女子高生達の前を通過した。
先程まで互いに「あんた頭おかしいんじゃないの」などと言い合っていたが、今はそれを遥かに上回る頭のおかしそうな奴が奇怪な動きで視界を横切っている。

その狂気に満ちた佇まいに、一人は飲み物が気管に入り奇声を発して咳き込み、もう一人 はそれを見て大変狼狙えていた。

一部始終を見ていた見知らぬオヤジと赤子の母の抑え込んでいた感情はついに決壊した。

もし、公共の場で赤子の声に心を乱された時は、思い出してほしい。
赤子の声がたとえ耳をつんざこうとも、自分を赤子だと思い込み例のウサギの走りで車両を駆け巡る不審者よりは、遥かに安心感に溢れる事を。

 
◆スマホの調子が悪くなり 調べてもらいに行ったら 恐ろしい事になっていた話

最近調子が悪いとは思っていたが、ついにスマホのSiriが私を無視するようになった。
絶望的な気持ちになりながら朝早くにショップへ行くと、店員に怒鳴っている客がいた。

私がカウンターに案内されると「他のお客様もいますので、お声を少々落として・・・・・・」と、その客に対応していた店員が気を遣ったが為に、客の怒りがこちらに飛び火し、凄まじい剣幕で「何かアンタに迷惑かけてるっていうの!?」と、こちらへ捲し立ててきた。
私は火に油を注がぬよう慎重に言葉を選びSiriが反応しない事を伝え、早急に対応してもらえるよう協力してほしいと伝える事にした。
しかし、私の「Siri」のイントネーションがおかしいが為に
「私の尻の調子が悪いので、どうかご協力頂けますか?」
と、唐突に尻の不調を訴え、初対面の客に協力を要請する不気味な事態となった。

客は数秒停止した後
「尻が何ですって?」
と、訊ねてきたので、私は
「絶望的な状態です」
と、答えた。
この瞬間、私は周辺の者に絶望的な尻を持つ者として認識された事に違いない。
そのうえに「昨日から話しかけても返事をしてくれなくなったんです」などと言葉を続けた為に、尻よりも頭の方が絶望的である事態へと発展した。

返事などする筈がないと言う客に対し、私は
「恐らく気がついていないだけです。呼びかけるとちゃんと返事をしてくれます」
と、他にも明日の天気や、近隣の店など様々な情報を教えてくれる旨を真剣に語った。
Siriについて説明するごとに、博識な尻を持つ頭のおかしい奴になってゆくという恐ろしい事態に陥っている。
しまいには、年配の女性なのでSiriを知らない可能性があると思い、親切心から
「絶対に返事しますので、ちょっと出してみてください」
などと、スマホを出すよう要求した為、客は尻を出せと言われたと思い、身の危険を感じる事となった。

「何でお尻を・・・・・・」
と、その客が言葉を漏らした事により、ようやく私は己の愚行に気がついた。
先程まであんなにも元気に店員に怒りをぶつけていた客は、今や怯えた目をしている。
今までの言動を遅ればせながら省みると、どう考えても警察沙汰であった。
大変な事になったと店員達に顔を向けると、彼らは下を向き震えていた。
特に怒鳴られていた店員は、吹き出そうものなら客の逆鱗に触れる恐れがある為、忍者が自らに痛みを与え眠気に抗うように、自分の腕を強い力で鷲掴みにし耐えていた。
もはや証拠を見せる他ない。
私はSiriが反応しない事など頭から飛び、必死に起動させようとした為
「ヘイ、尻!ヘイ!ヘイ!尻」
と、軽快に尻に語りかける陽気な不審者と化した。
せめて、あの時Siriが返事をしてくれていたならば結果は違ったのだろうか。

客はとにかくこの場を去り、頭のおかしい奴から離れようと思ったのだろう。
「こんな酷い店にはいられない。他のちゃんとした店に行かせてもらうわ!」
などと、名探偵が居る中で発言しようものなら間違いなく明日の朝陽を拝めぬであろうセリフを発し、荷物をまとめ始めた。
私は「こんな酷い店」に自分も含まれていないか不安になった。

去り際に
「アナタ達の事は本社に全部報告しますからね」
と、吐き捨て出ていった。
アナタ「達」という事は、やはり高確率で私も含まれている。
店員への苦情と共に「頭と尻に深刻な問題を抱えた不気味な客が店で野放しにされていた」と報告されるのだろうか。

この後も非常に気まずい時間が流れた事は想像に容易い事だろう。
私の担当の店員は、Siriだと分かっていたが間に入る事ができず申し訳なかったと謝罪した。
怒鳴られていた店員は、奇妙な声を漏らしながら奥へ下がり、その後出てくる様子は無かった。
怒鳴られた事により悔し涙を流しているのではと心配になり、こちらの事は、一先ずいいの でと伝え様子を窺ってもらったが
「ある意味泣いてますが大丈夫です」
と、帰ってきた。

 
◆電車で突然声を荒らげた 男性に驚き目を合わせてしまい 大変な事になった話

電車のドアの窓から外を眺めていると、イヤホンで何かを聞いていたオヤジがいきなり声 を荒らげた。

思わず声の出所を確認してしまった為に目が合ってしまい、オヤジは
「なに睨んでんだよ!」
と、こちらに向かい声を発した。
睨んだつもりなど毛頭無いが、確かに現在進行形でオヤジと私の目は合っている。
しかしながら、何か誤解が生じているようなので、決してオヤジを睨んでもいなければ、敵意も無い事を伝えようとしたところ、その全てが集約され
「おじさんを、見つめてます」
と、オヤジに熱視線を注ぐ気持ち悪い奴になってしまった。

確かに敵意がない旨は伝わったが、それと同時にオヤジの中に妙な胸騒ぎが生じた事だろう。
オヤジは一瞬言葉に詰まったが
「マスクのまま話すなんて無礼だろ、外せ」
と、申してきた。
当時はコロナ前であり、そのようなマナーなど聞いた事も無いが、そんなにも花粉に苦しむ私の顔を見たがる者も珍しいので、リクエストにお応えしてマスクを外した。

その瞬間、中国の戦国時代を舞台とした漫画「キン○ダム」の唇の厚い例の将軍が車両に現れた。
分からぬ者は「この漫画のタイトル くちびる」と検索すれば一発で出てくるので、見て頂ければ分かりやすい事だろう。
昼寝をしている間に顔に落書きを施され、私は非常に大きく迫力のある唇を持つ者となっていた。
しかし、歯医者の予約時間が近づき急いで家から出た為に、私は己の身に何が起こっているか知る由もなかった。

車両は騒めいた。
まさかマスクの下に天下の大将軍が潜んでいるなどと、誰が想像できただろうか。
私は敵意が無い事を示す為、オヤジに微笑みかけた。
乗客達は将軍が微笑むのを見た。

私の脳内では優しく微笑んだつもりであったが、迫力溢れる厚い唇と自前の凛々しい眉から、戦の中で生きる猛々しい将軍の笑顔がオヤジを包んだ。
オヤジに俯き静かになった。
ついでに周りも静かになった。
何も知らぬ私は、オヤジが分かってくれて良かった、笑顔は時に人の心を解すのだと安心し、再び窓に向き直り外の景色を眺めた。

しかし、トンネルに入った瞬間美しい景色は暗転し、窓に将軍の顔が浮かび上がった。

思わず変な声が出た。
オヤジは笑顔によって心を解されるどころか、私の顔に若干脅されていた事が判明した。
私は突然の将軍に狼狽えどうしたら良いか分からず、とりあえずオヤジの方へ再び視線を向けた。
オヤジはすぐさま私から目を逸らした。

ヤバいやつと目が合ってしまったという顔をしている。
他の乗客も皆、私と目を合わせようとはしなかった。
力を持つが故の将軍の孤独を垣間見た気がした。

再びマスクをつけようとしたところ紐が切れてしまい、私は将軍から降格する手立てを失った。
藁にも観る思いでオヤジに代えのマスクなどあればくれぬかと訊ねたが、迫りくる迫力溢れる将軍を前にし、言葉を失っているようであった。

不憫に思った他の乗客の女性がマスクを一枚手渡してくれたが、私と目が合った瞬間顔を背け、マスクを持つ手だけをこちらに伸ばした。
この女性も、まさか現代で将軍に物品を献上する日が来ようとは思わなかった事だろう。

あれから、何かの拍子に例の漫画の将軍を見かけると、私は妙な親近感を覚えるようになった。

 

著者プロフィール

 
■やーこさん

日常に転がるちょっとしたトラブルを、ドライブ感あふれる筆致でユーモアたっぷりに書き、Xやnote、ブログで配信中。抱腹絶倒の展開と劇的なオチの真偽は定かでなく、謎多き存在だが、その世界観に魅了されるファンが増え続けている。

2023年5月に『猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました』(KADOKAWA)でデビュー。

★X(Twitter):https://twitter.com/yalalalalalala
★ブログ:https://yalalalalalala.livedoor.blog/
★note:https://note.com/8_5_/

 
■イラスト:栖周(すみ・あまね)さん

1980年生まれ、島根県出身。雲南市の真宗大谷派寺院住職。見た人が笑顔になる様なイラストが描きたくて日々精進中。XやSUZURI、pixiv、Skebに作品を投稿している。

★X(Twitter):https://twitter.com/sumiamane

 

電車で不思議なことによく遭遇して、みんな小刻みに震えました
やーこ (著), 栖 周 (イラスト)

待望の第2弾!今回も人気話&書き下ろし作品を多数収録。とにかく笑えます

重版を重ねた「猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました」で話題のやーこの第2弾がついに登場。

<既刊>

猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました
やーこ (著), 栖 周 (イラスト)

真偽はどうでもいい!とにかく笑える話だけを集めた、やーこ節炸裂の短編集

笑いしか生み出さない異彩を放つ文章を生み出し、Twitterとnoteで配信し続けるやーこのデビュー作。

Twitterで30万以上のいいねが付いた「猫の診察で泣きそうになった話」や「新幹線で座っていたら予想のつかない事態になり悔しい思いをした話」、「カツアゲにあった話」、「男が玄関に入ってきて悲鳴を上げた話」など話題作の他、書籍のために描き下ろした新作10篇以上も収録。長篇も含む全33篇をお届けする。

また、やーこのファンアートを投稿し、ファン界隈では神絵師とも言われているイラストレーターの栖周ともコラボ。文章の世界観をリアルに再現した迫力あるイラストは笑いの起爆剤となり、最初から最後まで笑いしかない1冊に。

思わず声を出して笑ってしまう可能性があるので、念のため周りに人がいないか確認してから読むのをおすすめする(気にしない方はそのままお読みください)。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です