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戦後の文壇に君臨した「批評の達人」の「大転換」とは? 苅部直さん『小林秀雄の謎を解く』が刊行

日本政治思想史の研究で著名な苅部直さんによる『小林秀雄の謎を解く――『考へるヒント』の精神史』が新潮選書より刊行されました。

モーツァルトやベルクソンを論じていた批評家が、伊藤仁斎や荻生徂徠ら徳川思想史に傾倒したのはなぜか? ベストセラー随筆集を大胆に解体し、人間の知の根源を探る試みであったことを明らかにする、超刺激的論考です。

 

小林秀雄の新しい読み方を提示する『小林秀雄の謎を解く』

本書は近代批評の創始者・小林秀雄の最大のベストセラーとなった随筆集『考へるヒント』を中心に、今まで語られてこなかった「謎」に取り組んだ評論です。

 
初期にはランボーやモーツァルトなど西洋の芸術家を論じていた小林は1950年代末、「文藝春秋」にこの連載を始めた前後から興味の対象を伊藤仁斎や荻生徂徠といった徳川期の思想家に移し、やがて後期の代表作『本居宣長』を執筆するに至ります。

なぜ西洋近代から日本の近世に興味を移したのか。著者は連載をつぶさに読み直し、「歴史」に対する観点をキーワードとして、折口信夫や丸山眞男など同時代を代表する知性とも比較しながら「大転換の謎」を解き明かしてゆきます。

 
この「大転換」を経て小林が至った境地は、「言葉」や「伝統」といった人文知の大いなる可能性への信頼であったと著者は説きます。ITやAIが礼賛される現在にあって、数値に換算できない人文知の意義を指摘する、強いメッセージが込められた刺激的な作品です。

 

著者の言葉

(本書「はじめに」より)

小林秀雄は俗世間から隔絶した孤高の文士のように見られることがある。だがその作品は、同じ時代の社会や経済や政治の状況とまったく無縁なものではない。テクストを細心に読むことでその時代の空気がにじみ出てくるだろう。しかも本書がとりあげる題材の中心をなす「考へるヒント」は、総合雑誌に連載された随筆である。同時代の問題に関する小林の思考を、意識して展開している場合も少なくない。

 
高度成長期の大きく変わってゆく社会のなかで、小林が何を批判し、いかなる方向を読者に指し示していたか。その点に注意して「考へるヒント」、また同じ時期のほかの作品を読み直すと、意外な側面が見えてくる。

 
連載時にはどちらかと言えば不人気だった「考へるヒント」が、ロングセラーとなり大学入試の世界に君臨したのはなぜか。どうしてその連載で「歴史」をたびたび論じ、徳川思想史に焦点をあてていったのか。近代科学の方法を繰り返し批判する背景には、学知をめぐるどんな構想があったのか。――本書ではそうした謎にとりくむことを通じて、小林秀雄という批評家についてこれまで知られていなかったさまざまな側面を描きだすと同時に、この六〇年代という時代の精神史――思想史でも文化史でもいいのだが、小林自身が「時代精神」という言葉を用いていることに合わせて、副題は精神史とした――について、改めて検討してみたい。歴史のとらえ方について、日本の伝統について、文学や歴史学を含む人文知のあり方について、そこでは意外に豊かな考察が展開していたのである。

 

本書の構成

はじめに

序章 『考へるヒント』について考える
一 教科書の小林秀雄
二 戦後デモクラシーと「近代批評」
三 「近代の悪徳」
四 センター試験と「歴史」

第一章 書物の運命
一 『考へるヒント』への視線
二 徳川思想史の試み
三 低迷と復活

第二章 科学から歴史へ
一 伊藤仁斎とエドガー・アラン・ポー
二 原子力の影
三 大衆社会と 「伝統」

第三章 徳川思想史の方へ
一 モオツァルトはお好き
二 丸山眞男との対決
三 物のあはれを「知る」こと

第四章 歴史は甦る
一 文藝科小林教授
二 一九四〇年の本居宣長
三 「思ひ出」としての歴史

第五章 伝統と近代
一 歴史の穴
二 戦国と「読書の達人」
三 「近代化」をめぐって
四 政治・言葉・伝統
五 愉しい学問

補記

参考文献
【再録】歴史(小林秀雄)
【再録】本居宣長(四十六) (小林秀雄)
本書関連作品年表

あとがき

 

著者プロフィール

苅部直(かるべ・ただし)さんは、1965(昭和40)年生まれ、東京都出身。東京大学法学部教授。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。専門は日本政治思想史。

著書に『光の領国 和辻哲郎』、『丸山眞男―リベラリストの肖像』(サントリー学芸賞)、『鏡のなかの薄明』(毎日書評賞)、『歴史という皮膚』、『安部公房の都市』、『「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本』、『日本思想史への道案内』、『基点としての戦後――政治思想史と現代』など。

 

小林秀雄の謎を解く:『考へるヒント』の精神史 (新潮選書)
苅部 直 (著)

代表作『本居宣長』へと至る、大いなる「思考の冒険」とは?

気楽に始めた随筆に見えた雑誌連載『考へるヒント』(1959年?)は、実は徳川思想史探究の跳躍板だった。モーツァルトやベルクソンを論じていた批評家が、伊藤仁斎や荻生徂徠らに傾倒していったのはなぜか? その過程で突き当たった「歴史の穴」とは? ベストセラーを読み直し、人間の知の根源をも探る試みであったことを明らかにする、刺激に満ちた論考。

 
【関連】
試し読み | 苅部直 『小林秀雄の謎を解く―『考へるヒント』の精神史―』 | 新潮社

 


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