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人類学者・奥野克巳さんが現代における様々な社会問題や事象を “文化人類学”の視点で読み解いていく『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』を刊行

奥野克巳さん著『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』

奥野克巳さん著『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』

ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」と長らく行動をともにしてきた人類学者・奥野克巳さんと一緒に、現代社会の“あたりまえ”を考え直す一冊『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』が、辰巳出版より刊行されました。

 

人新世、シェアリング、多様性、ジェンダー、LGBTQ…現代における様々な社会問題や事象を “文化人類学”の視点で読み解いていく『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』

本書は、ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」との日々を描いたエッセイ『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房)が話題となった人類学者・奥野克巳さんによる最新の“文化人類学”の入門書です。

 
シェアリング、生物多様性、ジェンダー、LGBTQ、贈与、マルチスピーシーズ、デザイン思考…といったホットワードを人類学の視点で取り上げ、《人新世》と呼ばれる現代を生き抜くためのヒントを、文化人類学を通して学んでいく一冊です。

 
【主な項目】
・地球規模の時間で人類を考える
・近親相姦の禁止が「家族」と「社会」を作った!?
・ボノボの全方位セックスは「子殺し」回避のため?
・複数の父親がいるベネズエラのバリ社会
・贈与と交換から人間の生き方を考える
・「ありがとう」という言葉を持たないプナンの人たち
・キエリテンの神話が語るリーダーの資質
・儀礼によって私たちは人生を生きる
・ボルネオ島先住民ブラワンは二度死体処理をする
・無礼講のコミュニタスが日常を活性化する
・自閉症の少年を癒すシャーマニズム
・人とカムイと熊が一体となるアイヌのアニミズム
・現代にも息づく呪術の世界
・人新世の時代に多種から考える
・人間中心主義を問い直す――人類学の存在論的転回
・自らを野に解き放つ「旅」としての文化人類学
など

 

本文より一部紹介

 
◆五つもジェンダーがあるブギス社会
(第2章 性とは何か より)

日本では性別と性自認のずれが生じるトランスジェンダーの人たちは、しばしば「性同一性障害」と名指される傾向があります。そして、その解決としては、不可逆的な性転換手術に委ねられる場合が多いと言えるでしょう。それは医療の対象とされるわけです。

ところが、ブギス社会ではジェンダーは交替可能なものとされています。ある男性は、女装し女のしぐさ、振る舞いをすることで、思い立ったら今日からでもチャラバイのコミュニティに入り、暮らしていくことができるのです。反対に再び男性に戻りたいと思ったら、また男性の格好に戻り、男性の振る舞いをして、男性として生活していくことも可能です。

さらに、ブギス社会では「第五のジェンダー」として、両性具有者が位置づけられています。実際に両性具有の身体を持っているのかはわかりませんが、男性が女性の格好をして、宗教的な職能者として活動しています。このような、いわゆるシャーマンと呼ばれる人々が異性装をすることは、他の社会・文化でもよくあることです。

ともかく、ブギス社会では私たちの社会とは違って、ジェンダーは自由に交替することができます。これは、実はブギス社会だけに限られることではなく、広くはインドネシアとその周辺、ポリネシアなどに分布する性のあり方だと言えます。

 
◆気前のよいビッグマンがプナンのリーダー
(第3章 経済と共同体 より)

共同所有を社会全体に行き渡らせるためには、マレーグマの神話のようなわかりやすい物語が必要だったのかもしれません。マレーグマが自らたくさん持っていた尻尾を残らず分け与えてしまい、最後に自分の尻尾までなくなってしまったという神話は、プナンの人たちにとって非常に重要なメッセージを孕んでいたのです。というのは、自らのことを省みることなく、寛大に人々に分け与えることこそが、そこでは最も尊敬すべき、美しい振る舞いだからです。

プナン社会では、与えられたものをすぐさま他人に分け与えることを最も頻繁に実践する人物が、最も尊敬されます。そういう人物は、自分のところには何も残らないまでに、周囲の人々にものを分け与えます。彼は最も質素で、多くの場合、誰よりもみすぼらしいなりをしています。彼自身は、ほとんど何も持っていないからです。

そして何も持たないことに反比例して、彼は周囲の人々から尊敬を得るのです。そのような人物は、人々から「ラケ・ジャアウ」、英語で言うなら「ビッグマン」、つまり「大きい男」と呼ばれ、共同体の一時的なリーダーとなります。

そのようなリーダーのあり方は、高級スーツを身にまとったり、高価な時計を腕に着けたり、ピカピカの高級車を乗りまわしたり、平気で公金を私的に流用したりする先進国の一部のリーダーたちとなんと違っていることでしょうか。

 
◆文化人類学は自然をどう捉えてきたのか?
(第5章 人新世と文化人類学 より)

本章では、人間(文化)と自然の関係について、これまでの文化人類学がどんな探究をしてきたのかを見ていきたいと思います。その上で、人新世と呼ばれる、人類だけでなく地球上の生物種、および地球そのものの存続が危ぶまれる時代に差し掛かった今日、文化人類学はその問題をどのように受け止め、どのように問い返していこうとしているのかを、お話ししていきます。

人新世という概念が持つ射程の広さからもわかるように、それは何も一学問にとどまる話ではありません。文化人類学が、私たちが生きる身近な生、私たちの日常を掘り下げて人間そのものを見てきたように、人新世の問題を受け止めた文化人類学は、我々がこれからの時代を生き抜く上で、重要な示唆を与えてくれるものと思われます。

文化人類学は近年、人新世のような大きな問題の中で考えることで、そもそも人間は人間というたったひとつの種だけで生きているわけではなく、動植物を含めたさまざまな多種に取り巻かれながら生きていることに、改めて注目するようになりました。

私たちはつい自分のあたりまえを振りかざして、物事を捉えがちです。人間を扱う学問としての文化人類学はこれまで、人間の文化や制度を探ることをあたりまえのこととしてきたのです。それは、人新世という問題と出会うことで、自らが人間中心主義な見方に陥っていたことに気づき始めたのだとも言えます。

 

本書の構成

◆第1章 文化人類学とは何か
地球規模の時間で人類を考える/「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」/ここではないどこかへ――外の世界を知り、己を知るための学問/異文化への関心と旅の時代――文化人類学はいかにして誕生したのか/現地調査と系図法の発明/人類学者マリノフスキとインディ・ジョーンズの知られざる出会い/フィールドワークによって描かれた『西太平洋の遠洋航海者』/藪の中のシェイクスピア/「自分に近いものはよく見えるが、遠く離れたものはよく見えない」/結婚と離婚を繰り返すプナン/多種多様な家族のあり方/近親相姦の禁止が「家族」と「社会」を作った!?/人間生活の現実を描く/人間の生そのものと会話する

◆第2章 性とは何か
自然としての性、文化としての性/さまざまな生き物たちの多様な性/正直者とこそこそする者の生存戦略/子殺しをするラングール/ボノボの全方位セックスは「子殺し」回避のため?/霊長類における発情徴候の有無/なぜ、ヒトには発情徴候はないのか?/生物進化の産物としてのホモセクシュアル/精液を体内に注入し男になるサンビア社会/複数の父親がいるベネズエラのバリ社会/セックスでは子どもはできないと考える人々/「性肯定社会」と「性否定社会」/「性の楽園」ミクロネシア/性を忌避するグシイ社会/女性の性器変工の是非/男性の性器変工に見る民主的快楽/死者と交わる儀礼的セックス/五つもジェンダーがあるブギス社会/近未来のセックス――宇宙でセックスすることは可能か?

◆第3章 経済と共同体
贈与と交換から人間の生き方を考える/狩猟採集民プナンの暮らしから/ランプの下で神話を聞く/歩く小屋の神話の謎/富を生み出すフンコロガシの神話/惜しみなく与えるマレーグマの神話/プナンの気前のよさはどこから来るのか/気前のよさと所有欲との葛藤/「ありがとう」という言葉を持たないプナンの人たち/プナンは平等であることに執拗にこだわる/喜びや悲しみもみんなで分かち合う/所有することの是非/気前のよいビッグマンがプナンのリーダー/ものを常に循環させる「贈与」/キエリテンの神話が語るリーダーの資質/糞便の美学/「ない」ことをめぐって/「贈与の霊」の精神が生み出すプナン流アナキズム/循環型社会の未来を考えてみよう

◆第4章 宗教とは何か
人間が人間であるために欠かせない「宗教」/なぜ卒業式をしなければいけないのか/挨拶という儀礼的行為/時間はどのように経験されるのか/時間は本来、区切りのない連続体だった/儀礼によって私たちは人生を生きる/時間の感覚に乏しいプナン/文化人類学の理論「通過儀礼」/東ウガンダの農耕民ギスの苛酷な成人儀礼/ボルネオ島先住民ブラワンは二度死体処理をする/バリ島民は海で泳がない/人間が人間であるためには/無礼講のコミュニタスが日常を活性化する/ヨーロッパ人の関心を掻き立てたシャーマニズム/脱魂と憑霊のシャーマニズム/世界各地に存在するシャーマニズム/シャーマニズムの弾圧と再評価/現代の都市住民のためのネオシャーマニズム/自閉症の少年を癒すシャーマニズム/二つの世界が往還するアニミズムの世界観/人とカムイと熊が一体となるアイヌのアニミズム/知られざる呪術の世界を分類してみる/邪術師は誰だ!?――邪術告発の事件/妖術は不幸を説明する/現代にも息づく呪術の世界/別の仕方で世界に気づく術

◆第5章 人新世と文化人類学
文化人類学は自然をどう捉えてきたのか?/動物は「考えるのに適している」/動物は「食べるのに適している」/動物は「ともに生きるのに適している」/多種が絡まり合う世界へのまなざし/オオコウモリ、果樹、人間の絡まり合い/ハゲワシ、牛、病原体、人間の絡まり合い/人新世の時代に多種から考える/人間中心主義を問い直す――人類学の存在論的転回/存在論的デザインとは何か/「デザインしたモノによって、デザインし返される」/多種が作り上げる未来に向けて開いていく

◆第6章 私と旅と文化人類学
自らを野に解き放つ「旅」としての文化人類学/Mさんとの出会いと「日本脱出」の野望/メキシコ・シエラマドレ山中のテペワノへの旅/バングラデシュで出家して仏僧となり、クルディスタンを歩く/インドネシアでの一年間の放浪/二つの文化人類学のフィールドワーク/旅の経験は、自分も他者も変える

 

著者プロフィール

著者の奥野克巳(おくの・かつみ)さんは、1962年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。

1982年メキシコ先住民の村に滞在、1983年バングラデシュで上座部仏教僧、1984年トルコを旅し、1988~1989年インドネシアを一年間放浪。1994~1995 年ボルネオ島焼畑民カリス、2006年以降同島狩猟民プナンのフィールドワーク。

単著に『絡まり合う生命』『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(どちらも亜紀書房)など。共著・共編著に『マンガ人類学講義』(日本実業出版社)、『今日のアニミズム』『モア・ザン・ヒューマン』(どちらも以文社)など。共訳書にエドゥアルド・コーン著『森は考える』、ティム・インゴルド著『人類学とは何か』(どちらも亜紀書房)など。

 

これからの時代を生き抜くための 文化人類学入門
奥野 克巳 (著)

「人新世」というかつてない時代を生きるには、
《文化人類学》という羅針盤が必要だ。

ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」と行動をともにしてきた人類学者による、“あたりまえ”を今一度考え直す文化人類学講義、開講!!

 


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