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大滝ジュンコさん『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』が刊行

新潟県最北部のマタギ村「山熊田」を舞台にしたエッセイ、大滝ジュンコさん著『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』が山と溪谷社より刊行されました。

 

新潟県最北部のマタギ村「山熊田」 の四季を綴る、令和の傑作移住日記

新潟県最北部のマタギ村「山熊田」。著者は友人の誘いで、その村のマタギたちとの飲み会に参加しました。そこにあったのは現代の日本とは思えない濃密な文化と濃厚な自然。

その魅力にひかれて移住を決意し、やがてマタギの頭領と結婚。そして古代布である「羽越しな布(うえつ・しなふ)」の復活に向けて奮闘します。

著者が織る羽越しな布。昔は袋など生活用品の素材に用いたが、今や高級嗜好品となっている

著者が織る羽越しな布。昔は袋など生活用品の素材に用いたが、今や高級嗜好品となっている

マタギの文化や暮らし、羽越しな布の美しさを著者は軽やかに、そして敬意をこめて綴ります。

 
《おもしろがってくれる人たちがいる。応援してくれる人たちもいる。ご先祖や、今まで続けてきた婆先生たちがいる。若い世代もいる。未来がどうなるかなんて誰にもわからないけれど、おもしろくすることはできる。みんながいればもっとできる。》
(本文より)

 
人間らしい暮らしとは何か。真の持続可能性とは。多くの人にそのヒントを示してくれる、令和の傑作移住日記の誕生です。

40年ぶりに復活させた居座機

40年ぶりに復活させた居座機

 

著者プロフィール

大滝ジュンコ(おおたき・じゅんこ)さんは、1977年生まれ、埼玉県坂戸市出身。東北芸術工科大学工芸コースを卒業し、同大学院実験芸術領域(現複合芸術領域)修了。その後、現代アート作家として国内外で活動しつつ、長崎県波佐見町ギャラリー「モンネポルト」代表、富山県氷見市アートNPO「ヒミング」アートマネージャーとして芸術振興に従事。山形新聞、長崎新聞、月刊望星などでも連載をもつ。

2014年、友人の誘いで山熊田のマタギとの飲み会に参加。濃厚な自然と濃密な文化に衝撃を受けて移住を決意し、2015年の春から村上市地域おこし協力隊(任務:旧中俣村の課題解決)に参加し、山熊田に嫁ぐ。その後、しな布作家として個人工房を設立。しな布の伝統の存続危機を受け、育成事業と振興を開始。

2021年日本民藝館展新作工藝公募展入選、2022年第4回三井ゴールデン匠賞ファイナリスト、2022年2023年全国伝統的工芸品公募展入選。

 

現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた
大滝 ジュンコ (著)

「アートなんてやっていていいのか」
3.11以来、自分の活動に行き詰まりを感じていた現代美術家が、ひょんなことからマタギの村へ。
濃密な自然と濃厚な人間関係にほだされ、いつのまにかマタギ頭に嫁いでいたその日々をしなやかな文章で綴り、多くの人に勇気を与える傑作移住日記の誕生!

著者はアーティストとして、全国各地や海外で現代アートの活動をしてきた。
しかし、3.11の震災後に自身の活動への違和感を無視できなくなってきた頃、友人のジャーナリストに「マタギと飲もう」と誘われ新潟県村上市山熊田、マタギの集落に赴く。

そこでは電気がなくても生きていけるような、たくましい暮らしがあった。
自分たちが弱い存在であり、手を抜いたら命を落とすような世界にいることを自覚しているがゆえの強さ。
田舎暮らしという言葉が発する牧歌的なにおいはそこには皆無だ。

カタカナ皆無でよくわからない言葉、山から切り出した薪で煮炊きし、伝統的な狩猟をし、スケールでかく酒を飲む。
水も薬も美味いご馳走も燃料も、工芸素材や心奪われる絶景までも、全て山にある。
体力たくましい爺や婆がいる。しかもハイセンス。皆オシャレだし心も豊か。
東京にいては想像もつかないような世界がひろがっていた。

山熊田に移住して、マタギ頭の家に嫁いだ著者が本書で訴えたいのは「消費社会にはない選択肢がここにはある」ということ。
山熊田では四季というサイクルのなかで同じことが繰り返されている。
それこそ人間本来の生き方ではないか、と著者は問う。
令和の傑作移住日記の誕生です。

 


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