現代パレスチナ文学の旗手アダニーヤ・シブリーさん「国際ブッカー賞」候補作『とるに足りない細部』が刊行

アダニーヤ・シブリーさん著『とるに足りない細部』(河出書房新社)
現代パレスチナ文学の旗手、アダニーヤ・シブリーさんによる、国際ブッカー賞候補にもなった中篇小説『とるに足りない細部』日本語訳版が河出書房新社より刊行されました。
1949年8月、「ナクバ(大災厄)」渦中のパレスチナ/イスラエルで起きたレイプ殺人と、現代でその痕跡を辿るパレスチナ人女性――二つの時代における極限状況下の〈日常〉を抉る
『とるに足りない細部』(英訳タイトル『Minor Detail』)は、パレスチナ人作家アダニーヤ・シブリーさんが2017年にアラビア語で発表した小説です。2020年には全米図書賞翻訳部門最終候補、2021年には国際ブッカー賞候補になるなど、世界各国で高く評価されています。
本作は、1949年8月に発生した、イスラエル軍小隊によるベドウィン少女のレイプ殺人という歴史的事実に着想を得たものです。第一部では当時のイスラエル軍将校の視点で事件が描かれ、現代を舞台とする第二部では、パレスチナ人女性が秘匿されてきた事件の真実を追い求めて各地を辿ってゆきます。
2023年、『とるに足りない細部』は独リベラトゥール賞を受賞し、同年10月のフランクフルト・ブックフェアで贈賞式が行われる予定でした。しかし、イスラエルによるガザへの攻撃が激化するなか、本作がイスラエル兵の暴力を描いた内容であることが問題視され、式は作家の同意を得ずに突如として延期、実質的に中止されました。
加えて、同賞を主催する文学団体リトプロムおよびブックフェアは、「イスラエル側に完全に連帯する」との声明を発表。これらの出来事に対しては、オルガ・トカルチュクさん、アニー・エルノーさん、イアン・マーキュアンさんなど世界中の作家・出版関係者から国を問わず抗議運動が起きました。
河出書房新社発行の季刊文芸誌「文藝」2024年夏季号には、一連の騒動を受けてシブリーさんが発表したエッセイは掲載されました。「かつて怪物はとても親切だった」と題されたその文章は、想像を絶する体験のただなかで、恐怖や戸惑い、憤りに苛まれながら言葉を探しつづけるさまを、日本の読者へ克明に伝えています。
<日本人作家から本書への言葉>
◆村田沙耶香さん
「この作品の「細部」に宿っているものは、私の精神世界を激しく揺さぶり、皮膚の内側を震えさせる。この本の中の言葉の粒子に引き摺り込まれ、永遠に忘れられない体験になり今も私を切り刻んでいる。」
◆西加奈子さん
「かき消された声。かき消された瞬間と共にあるために、この小説は血を流している。」
特別掲載 アダニーヤ・シブリー「かつて怪物はとても親切だった」
河出書房新社では、季刊文芸誌「文藝」2024年夏季号の特集「ガザへの言葉 #CeasefireNOW」に掲載したエッセイを、『とるに足りない細部』日本語版の発売を記念して特別に公開中です。
★URL:https://web.kawade.co.jp/column/99516/
山本薫さん「訳者あとがき」より
《しかし小説としての本作の本領は、大きな歴史的現象を描くことよりもむしろ、勝者の歴史の陰に隠されたサバルタンの物語に光を当てようとするところにあるだろう。第一部では加害者である将校の一挙手一投足や、彼の目に映る光景が執拗に描かれるが、それはパレスチナ人の不在、とりわけ被害者であるベドウィン少女の表情や声の不在を際立たせる。第二部では女性主人公が、被害者の少女の側の物語を明らかにすることで歴史の非対称性に挑もうとするが、悲劇的な結末を迎える。》
★アダニーヤ・シブリー『とるに足りない細部』訳者あとがき全文公開:https://web.kawade.co.jp/tameshiyomi/98586/
著者プロフィール
■アダニーヤ・シブリー(Adania Shibli)さん
1974年生まれ、パレスチナ出身。イースト・ロンドン大学にてメディア・文化研究の博士号を取得し、現在はエルサレムとベルリンを拠点に小説、戯曲、エッセイなどの創作をおこなう。
2009年、39歳以下の有望なアラブ作家39名を選出する「ベイルート39」に名を連ねる。本作『とるに足りない細部』は2017年にアラビア語で発表されたのち各国語に翻訳され、全米図書賞翻訳部門最終候補(2020年)、国際ブッカー賞候補(2021年)になるなど高く評価された。2023年には独リベラトゥール賞を受賞するも、イスラエルによるガザへの攻撃が激化するなか、同年10月のフランクフルト・ブックフェアにて開催予定だった授賞式は同賞の主催団体リトプロムによって中止され、リトプロムおよびブックフェアは「イスラエル側に完全に連帯する」との声明を出した。この決定に対しては、作家や出版関係者を中心に、世界中から抗議の声が上がっている。
著作に『触れる(Touch)』(2002年)、『私たちはみな等しく愛から遠い(We Are All Equally Far from Love)』(2004年)など。
■訳:山本薫(やまもと・かおる)さん
1968年生まれ。アラブ文学研究者。博士(文学)。慶應義塾大学総合政策学部准教授。パレスチナやエジプトを中心に、文学・音楽・映画など、アラブ圏の文化・芸術について研究・紹介をおこなう。2014~15年には、最も注目されるアラビア語小説の国際的な賞(International Prize for Arabic Fiction)の審査員を務めた。
訳書にエミール・ハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』(作品社、2006年)、著書に『言語文化とコミュニケーション』(共編、慶應義塾大学出版会、2023年)、『「みえない関係性」をみせる』(分担執筆、岩波書店、2020年)など。
![]() | とるに足りない細部 アダニーヤ・シブリー (著), 山本 薫 (翻訳) 1949年8月、ナクバ(大災厄)渦中のパレスチナ/イスラエルで起きたレイプ殺人と、現代でその痕跡を辿るパレスチナ人女性。二つの時代における極限状況下の〈日常〉を抉る傑作中篇。 装画:坂内拓 |
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